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第五十四話 ツンデレ護衛メイド(妄想)

ベルナール先生のレッスンが終わって、自作曲の十二小節目の溜めを、また少し磨いた。


清書された楽譜が、絨毯の上に広げてある。澄んだ音符の並びを、俺は満足げに眺めた。完成度は、上がっている。あと二、三週間で、お嬢様への準備は完璧になる。


——お嬢様。


頭の中で、その単語を反芻した。


長い髪。優しい笑顔。テラスで紅茶を飲みながら、俺のハープを聞いてくれる、儚げな少女。同い年で、富裕層の家の子で、たぶん、ものすごく品がよくて、たぶん、ものすごく可愛い。


——会いたい。


俺は、絨毯の上で、密かに拳を握った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ところで、と俺は、ふと思った。


——お嬢様は、一人で来るんだろうか。


たぶん、違う。


うちにはエミリーがいる。デュボワ家は富裕層で、エリックには護衛がついている。これは富裕層の標準的な習慣だ。子供を一人で外に出すような家は、ない。


ヴァンドーム家も、デュボワ家と同格の富裕層だ。あの庭で会った時の様子から、父さんが「あちらのお父上」と呼ぶような家。だとすれば、向こうのお家にも、護衛は、いる。


——いる。


——絶対、いる。


俺は、絨毯の上で、急に新しい想像の方向が開けたことに、気づいた。


つまり、お嬢様が来るとき、護衛も一緒に来る。


——護衛、どんな人だろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は、絨毯の上で、改めて頭の中の構造を整理した。


ヴァンドーム家の護衛。


たぶん、エミリーと似たような立ち位置のはずだ。お嬢様に常に付き添って、お嬢様を守って、必要なら戦う。プロの護衛。


——もし。


——もし、エミリーみたいな美少女だったら。


俺は、絨毯の上で、ハープを抱える代わりに、自分の頬を軽く押さえた。


エミリーは、二つ名「霧笛のエミリー」。サイボーグ。バンシー・ニア持ち。常ににこにこ。手編みうさぎを編んでくれる。属性が会うたびに増える、美少女・サイボーグ・護衛・メイド・水着(夏限定)・霧使い・妖精使い・フランス人。


つまり、護衛=美少女、という方程式は、現実に成立している。


——ヴァンドーム家の護衛も、美少女、かもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は、絨毯の上で、想像を始めた。


ヴァンドーム家の護衛。仮称、Xさんとしよう。Xさんは美少女だ。これは仮定だが、たぶん、間違いない。


エミリーが「常ににこにこ」タイプなのに対して、Xさんは——たぶん、対照的なタイプがいい。


——クール系、だ。


俺は、頷いた。


クール系ツンデレ。表情は乏しく、口調は冷たく、お嬢様への忠誠は絶対。初対面の俺に対して、ものすごく警戒している。


「あなたが、お嬢様の遊び相手?」


——うん、と俺は、頭の中のXさんに答える。


「お嬢様には、指一本、触れさせません」


——え、いや、触れる気は——


「あなたのような子供に、お嬢様のお傍に立つ資格はあるのですか?」


——いや、それは、その——


「私の目の届かないところに、お嬢様を連れ出すことは、許しません」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は、絨毯の上で、頬を押さえたまま、密かに震えた。


これは。


——これは、最高じゃないか。


クール系ツンデレ護衛。お嬢様への異常な忠誠心。俺への徹底した警戒。


そして、そういうキャラは、必ず、ストーリーが進むとデレる。なろう小説でも、ライトノベルでも、前世のラブコメでも、これは普遍的な法則だ。最初に冷たく当たるキャラほど、最終的にデレる。


俺は、頭の中で、ツンデレ育成シミュレーションを開始した。


第一回訪問——Xさんは俺を冷たく見る。「お嬢様の遊び相手として、認めるわけにはいきません」。俺は気にせず、お嬢様にハープを弾く。Xさんは横で、無表情のまま、聞いている。


第二回訪問——Xさんが少しだけ態度を緩める。「……前回の演奏は、悪くなかったです」。だが、まだ警戒。


第三回訪問——Xさんが紅茶を淹れてくれる。「お嬢様のために、淹れました。あなたの分も、ついでに」。「ついでに」が大事だ。これは典型的なツンデレフレーズだ。


第四回訪問——Xさんが俺の名前を呼ぶ。「エリック様、お嬢様がお待ちです」。「様」が付くようになった。これは大きな進歩だ。


第五回訪問——Xさんが照れる。何かのきっかけで、Xさんが照れる場面が来る。俺がさりげない優しさを見せる。Xさんが顔を背けて「べ、別に、感謝なんてしていません」と言う。これだ。これがデレの第一歩だ。


第六回訪問——


俺は、興奮で、絨毯の上で、軽く転がりそうになった。


——最高だ。


——なんで俺は、まだ会ってないんだ。


——早く、デレデレにしたい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


待て、と俺は、興奮しすぎた自分に、軽くブレーキをかけた。


俺は、お嬢様にもイチャイチャしたいんだった。


お嬢様とのイチャイチャ。これは富裕層の子供同士の標準的なやつだ。テラスで紅茶。庭で花を見る。ピアノの連弾。本を一緒に読む。冬の暖炉の前で温かいスープを分け合う。前世の俺がドラマで見た、上品な富裕層のラブコメシーン。あれを、俺は、お嬢様と一緒にやる。


——そして、護衛のXさんもデレデレにする。


——これは。


——これは、二股では?


俺は、絨毯の上で、ぴたりと止まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


二股。


前世の倫理観で言えば、二股は、よろしくない。バレたら大変なことになる。だが、なろう小説の主人公は、たいてい全員、複数のヒロインから好かれている。そして、誰も責められない。それが、ハーレム主人公の特権だ。


俺は、頭の中で、なろう小説の主人公たちを、思い浮かべた。


剣と魔法の世界で無双しながら、エルフのお姫様と人間の聖女と獣人の女騎士と魔王の娘に好かれている主人公。


異世界転生して、王女と冒険者と幼なじみと先輩と後輩に好かれている主人公。


学園ハーレムで、生徒会長と幼なじみと転校生と妹みたいなクラスメイトに好かれている主人公。


——みんな、やっている。


——みんな、許されている。


俺は、頷いた。


——よし。


——俺も、やっていい。


俺は、絨毯の上で、自分にハーレム主人公の特権を許可した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ところで、と俺は、さらに想像を進めた。


ヴァンドーム家には、たぶん、メイドも、いる。


うちにはセリーヌがいる。家政婦さんも、何人かいる。富裕層の家には、メイドが複数いる。これは構造的に間違いない。


そして、ヴァンドーム家のメイドが、もし、美少女だったら——


——いや、ちょっと、待て。


俺は、絨毯の上で、自分の妄想に、自分でブレーキをかけた。


これは、広げすぎだ。


お嬢様、護衛、メイド——三人ともが美少女だったら、ヴァンドーム家は美少女ハーレムということになる。それは、さすがに、確率的に、あり得ないだろう。前世の確率論で考えても、富裕層の家の女性スタッフが全員美少女、というのは、統計的に偏りすぎている。


——いや、待て。


——なろう小説の世界では、それが普通だ。


俺は、頭の中で、自分に反論した。


なろう小説では、主人公の周りの女性キャラは、ほぼ全員が美少女だ。それが、なろう小説のお約束だ。だとすれば、転生してきた俺の周りも、なろう小説の法則に従うはずだ。


つまり、ヴァンドーム家の女性スタッフは、全員、美少女である可能性が、高い。


——よし。


——可能性、高い。


俺は、頷いて、妄想を再開した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


お嬢様。クール系ツンデレ護衛。美少女メイド。


俺の周りに、美少女が、三人。


そして、うちにもエミリーがいる。エミリーも美少女だ。属性も豊富だ。


——四人。


——俺の人生、ハーレム主人公の人生だ。


俺は、絨毯の上で、密かに拳を握った。


前世の俺は、商社マンとして、毎日書類と会議をこなして、帰り道に歩きスマホでなろう小説を読んでいた。そんな俺が、転生してハーレム主人公になる。これは、なろう小説の理想的なシナリオだ。


——転生して、よかった。


——本当に、よかった。


俺は、絨毯の上で、自分の人生を、しみじみと噛みしめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そのとき、ドアがノックされた。


「失礼します」


エミリーだった。


エミリーが、にこにこしながら、部屋に入ってきた。


「坊っちゃん、おやつの時間ですよぉ」


——あ。


俺は、急に現実に戻った。


エミリーが、絨毯の上で頬を押さえて、密かに拳を握っている俺を見て、にこにこしながら、少し首を傾げた。


「何か、楽しいことでも考えていたんですか?」


「……うん」


「あらまあ、坊っちゃん」


エミリーが、俺の頬から、優しく手を離してくれた。さりげない優しさ。


俺は、心の中で、頷いた。


——エミリー、最初から、属性「優しい」が、固定されている。


——うちのエミリーは、もう、デレている状態だ。


——あとは、ヴァンドーム家の三人だ。


俺は、エミリーに連れられて、おやつの場所に向かった。


頭の中では、まだ、ヴァンドーム家の美少女ハーレム妄想が、止まらなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


廊下を歩きながら、エミリーが、何気なく言った。


「お友だち、仲良くなれるといいですねぇ」


——エミリー、あなたも、応援してくれるんだな。


俺は、心の中で、エミリーに深く頷いた。


エミリーは、たぶん、俺の妄想を共有してくれている。これは、心強い味方だ。デュボワ家には、ハーレム主人公の俺と、すでにデレているエミリーがいる。あとは、ヴァンドーム家の三人を加えれば、俺のハーレムは、完成する。


——あと、二、三週間。


——準備、できている。


俺は、エミリーに手を引かれながら、密かに、来訪日を待った。

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