第四十二話 バースデー作戦進行中
6月になった。
毎朝起きると、まず花壇へ向かう。結界に魔力を供給して、じょうろで水をやる。それが日課になった。
ひまわりが育ちすぎていた。
5月に植えたときの倍以上の高さになっている。茎が太く、葉が大きく、存在感が出てきた。父さんへのプレゼントとして選んだ花だ。力強くていい。
ラベンダーは安定していた。毎朝魔力を供給するたびに、薄紫の花穂が少しずつ伸びてくる。香りがする。水をやるたびにエミリーのことを思った。
問題はバラだった。
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バラの結界は魔力消費が多かった。
毎朝供給しても、次の朝には結界が薄くなっている。他の二つと比べると明らかに違う。葉が少し黄ばんできた日、俺は庭師を呼んだ。
「……バラ、きいろい」
庭師がしゃがんで葉を確認した。しばらく黙って見ていた。
「魔力の供給量は足りています。ただ——」
庭師が俺を見た。
「花を大事にする気持ちを込めて、魔力を供給してみてください」
——意図の原則だ。
ラファエル先生と同じことを言っている。何をしたいかはっきり思い浮かべること。魔力に意図を乗せること。
俺は花壇の前にしゃがんだ。バラに手を向けて、目を閉じた。
——母さんのために。絶対に枯らせない。
魔力を流した。いつもより少し温かい感覚がした。結界がわずかに輝いた。
翌朝、葉の黄ばみが薄くなっていた。
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それからは毎朝、同じようにした。
ひまわりに魔力を流すときは父さんのことを思った。ラベンダーにはエミリーのことを。バラには母さんのことを。
意図を乗せると、結界の輝き方が変わった。ひまわりは力強く光った。ラベンダーは柔らかく光った。バラは温かく光った。
——魔力って、気持ちが乗るんだな。
次の授業でラファエル先生に報告したら「悪くない」と言われた。庭師は静かに頷いた。
7月に入った頃、ひまわりが花を咲かせた。
大きな黄色い花だった。朝日を受けてまっすぐ立っていた。父さんへのプレゼントとして選んで正解だったと思った。
ラベンダーも花穂が揃ってきた。風が吹くたびに香りが広がった。
バラはまだ蕾だった。でも葉の黄ばみは消えていた。結界が安定してきた。
——咲いてくれるか。9月3日まで、あと二ヶ月ある。
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その日の水やりを終えて、屋敷に戻った。
土で汚れた手を洗って、着替えた。部屋に戻ろうとしたところで、廊下でエミリーと会った。
エミリーがにこにこしたまま、小さな袋を差し出した。
「坊っちゃん、できました」
袋を開けると、小さなうさぎが入っていた。白い毛糸で編まれた、丸っこいうさぎだ。耳が少し長くて、目がボタンで縫いつけてある。
俺はうさぎを手に乗せた。
ふと思った。エミリーの腕は二本あるが、音が違う。片方からは微かな機械音がする。魔力が流れる音もする。見た目は同じなのに、音だけが違う。この腕でこのうさぎを編んだんだ。
「……ありがとう。大事にする」
エミリーがまた笑った。
「喜んでもらえてよかったです」
その日の夜、うさぎを枕元に置いた。
天井を眺めながら思った。エミリーはずっと作っていたんだ。護衛の仕事をしながら、合間に少しずつ編んでいたんだ。
——いい人だな。
目を閉じた。枕元でうさぎが静かに座っていた。
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ハッピーバースデー計画も着々と進んでいた。
毎日少しずつラップハープを弾いた。朝は花壇で魔力供給と水やり、昼はジュリアン先生・ラファエル先生・ベルナール先生の授業、夜は部屋でハープの練習。そういうリズムができていた。
最初のフレーズはもう詰まらなくなった。二つ目のフレーズも通るようになった。三つ目に差し掛かると少し怪しくなるが、それも回数を重ねるごとに安定してきている。
ベルナール先生は毎回震えた。
「素晴らしい進歩です、エリックくん!!」
丸眼鏡がずれた。
弦を弾くたびにルーンが光る。魔力が増幅されて、音が部屋に広がる。絶対音感があるので音がずれると即座に分かる。ずれたらすぐ直す。そのサイクルが自然になってきた。
母さんの誕生日まで、あと二ヶ月を切った。
——間に合う。
そんな気がしてきた。




