第四十一話 俺の職業が吟遊詩人になりそうな件
ピアノの練習を続けていた。
指一本でハッピーバースデーのメロディーを追う。音は分かる。どの鍵盤を押せばいいかも分かる。でも——
——重い。
鍵盤が重いのだ。1歳5ヶ月の指一本では、しっかり押し込むのに力が要る。音が出ても弱くなる。テンポが遅れる。
ベルナール先生を見上げた。
「……おもい」
ベルナール先生が頷いた。
「そうですね。エリックくんの指には少し重すぎますね」
しばらく考えていた。それから「少々お待ちください」と言って、部屋を出て行った。
戻ってきたとき、何かを抱えていた。
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ベルナール先生が抱えてきたのは、小さなハープだった。
膝の上に乗せて弾くタイプだ。フレームは薄く、見た目より軽そうだった。よく見ると、フレームに細かい紋様が刻まれている。触れると魔力を感じた。
「ラップハープです。これならエリックくんの力でも音が出せます」
ベルナール先生がハープをそっと渡してくれた。持ってみると、驚くほど軽かった。特殊合金らしい。フレームに刻まれたルーンが、俺の魔力に反応して淡く光った。
弦を一本弾いた。澄んだ音が部屋に広がった。ピアノより柔らかく、でもよく響く。弦が振動するたびにルーンが光の波紋を描いた。
「弦は魔力繊維でできています。周囲の魔力を拾って増幅してくれるので、小さな力でも豊かな音が出ます。チューニングもここを触るだけで」
ベルナール先生がフレームの端にある小さな石を示した。魔力増幅石だ。タッチするだけで調律できるらしい。
——一級品だ。
俺はハープを眺めた。
——なんか吟遊詩人の持っているアイテムみたいだな。
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この世界はジョブ制なのだろうか。魔法があって、妖精がいて、エミリーみたいな強い人間がいる。ファンタジーの要素は揃っている。だとすれば職業というものが存在するかもしれない。
そして俺は今——絶対音感があって、ハープを弾いている。
——吟遊詩人一直線じゃないか。
父さんはルミエール・エナジーのCEOだ。なんとなく自分もビジネス系かなと思っていた。でもこのままだと吟遊詩人になってしまう。
CEOの息子が吟遊詩人。放蕩息子じゃないか。
吟遊詩人が戦闘になったらどうするんだ。このハープで攻撃するのか。殴るのか。特殊合金製だから頑丈らしいし、殴れないこともないが——それは吟遊詩人じゃなくてただの暴漢だ。
——将来が不安だ。
ベルナール先生を見上げた。
「……せんせの、おしごとは?」
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ベルナール先生が少し目を丸くした。
「私の仕事ですか?」
「……うん」
ベルナール先生がしばらく考えた。それから、にこにこしながら言った。
「今の仕事は、エリックくんのような素晴らしい才能を育てることですよ」
ベルナール先生がぶるぶると震えた。大柄な体が揺れるたびに、丸眼鏡がずれた。
俺はベルナール先生を眺めた。
——不思議だけど、いい先生だ。
少なくとも吟遊詩人の心配をしている場合ではない。今はハッピーバースデー計画だ。
ハープに向き直った。
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弦を一本ずつ確認した。
絶対音感があるので、どの弦がどの音かすぐに分かった。ピアノと違って弦を弾くだけで音が出る。鍵盤を押し込む力が要らない。
——これは楽だ。
ベルナール先生が隣に座って、ハッピーバースデーの楽譜を広げた。
「最初の音はここです」
弦を弾いた。澄んだ音が出た。
「次はここ」
また弾いた。また音が出た。
ピアノのときと違う。音が出るたびに、ルーンが淡く光る。自分の魔力が弦を通って増幅されている感覚がある。
頭の中でメロディーが流れた。弦を順番に弾いていく。つっかえた。もう一度。またつっかえた。でもピアノのときより遥かに音が出やすい。
三回目で最初のフレーズが通った。
ベルナール先生がぶるぶると震えた。
「素晴らしい!!」
俺はそのまま続けた。二つ目のフレーズへ。また音が出た。ルーンが光った。
——思ったより進む。
母さんの誕生日まで、まだ四ヶ月ある。




