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第四十話 庭で花を育てているだけなのに周囲が俺を放っておかない件

庭を歩きながら、思いついた。


花を育てよう。


エミリーと母さんと父さんに、自分で育てた花をプレゼントする。花とともに愛を告白するんだ。なんてロマンチックなんだ。


——フランス人の思考回路が出来上がってきたのか?


まあいい。思いついたならやるだけだ。


端末を開いた。短い指で一文字ずつ打つ。


「5月 植える花」


位置情報が自動で反映されたのか、コートダジュールの気候に合った花が検索結果に並んだ。——助かった。フィルターにはじかれなくてよかった。赤ん坊が花を検索しているだけだが、何かに引っかかる可能性は常にある。


ゼラニウム、マリーゴールド、ペチュニア、ラベンダー、バラ、ひまわり——色々出てきた。花の名前をタッチすると、ホログラムが浮き上がって詳細情報が展開された。花言葉も一緒に出てくる。


——母さんにはバラだ。


愛・美・フランスの象徴。これしかない。難しいらしいが、母さんへならバラ以外は考えられない。


——エミリーにはラベンダー。


献身・沈黙の愛。いつも黙って俺のそばにいてくれる。南仏らしいし、エミリーに合っている気がした。


——父さんにはひまわり。


憧れ・あなただけを見つめる。力強くて父さんらしい。


計画は決まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


エミリーのところへ歩いていった。


「……エミリー」


「はい、坊っちゃん」


「……はな、うえたい」


エミリーが少し目を丸くした。それからにこにこしたまま、


「お花を育てたいんですか?」


「うん」


「どんなお花ですか?」


「……バラと、ラベンダーと、ひまわり」


エミリーがまた少し目を丸くした。今度は違う意味で丸くなった気がした。


「三種類ですか」


「うん」


「……分かりました。庭師のところへ行きましょう」


エミリーが歩き出した。俺はその隣を歩いた。


庭師は庭の奥で作業をしていた。白髪混じりの老人で、俺たちに気づくと腰を伸ばして振り返った。


「坊っちゃん、どうかしましたか」


「……バラと、ラベンダーと、ひまわり、うえたい」


庭師が一瞬だけ目を丸くして、すぐに頷いた。


「苗でよろしいですか」


「うん」


「少々お待ちください」


庭師が温室の方へ歩いていった。しばらくして戻ってきたとき、三種類の苗と、小さなじょうろを持っていた。


「こちらも念のため用意していました」


——念のため。


いつから用意していたんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


庭の日当たりのいい場所に、小さな花壇スペースを決めた。庭師が場所を選んでくれた。


「バラはここが一番いいでしょう。ラベンダーはその隣、ひまわりは少し離れたところに」


「……うん」


小さいシャベルを受け取った。庭師の手のひらくらいの大きさだ。それでも俺の手には少し大きい。


穴を掘り始めた。


——難しい。


土が思ったより固い。シャベルを刺すたびに腕に力が要る。1歳5ヶ月の腕力では、一回で深く掘れない。少しずつ、少しずつ削っていく。


バラの穴を掘り終わる頃には、腕がじんじんしていた。


「……坊っちゃん、手伝いましょうか」


庭師が言った。


「……ううん」


自分でやる。


苗をそっと穴に入れた。根を傷つけないように、慎重に土を被せていく。小さい手で土を押さえると、指の間から土が出てきた。


バラの苗が庭に立った。


次はラベンダー。また穴を掘る。腕に残った力を絞り出すように、シャベルを動かした。


ひまわりの苗を植え終わって、庭師を見上げた。


「……ありがとう」


庭師が少し目を細めた。


「お役に立てて光栄です、坊っちゃん」


そこで気づいた。


いつの間にか、人が増えていた。


エミリーはずっといた。庭師もいた。でも今は、父さんと母さんも庭に出てきていた。少し離れたところで、黙って見ていた。


——なんで増えてるんだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


気にしないことにした。


じょうろを手に取った。小さいじょうろでも、水が入ると重い。両手で持って、よろよろしながらバラに水をかけた。少しこぼれた。


「……坊っちゃん」


エミリーが一歩前に出た。


「……だいじょうぶ」


エミリーが止まった。


ラベンダーに水をかけた。ひまわりに水をかけた。じょうろが軽くなった頃、腕の力がほとんど残っていなかった。


それでも、三つの苗に水が届いた。


しばらくそのまま花壇を眺めた。


「……エリック」


母さんの声がした。振り返ると、母さんが目を潤ませていた。父さんはその隣で腕を組んで、でも口の端が上がっていた。普段の仕事の顔とは違う、ただの父親の顔だった。


「……だれかに、あげるの?」


母さんが聞いた。


俺は少し考えて、頷いた。


「……ないしょ」


母さんがまた目を潤ませた。父さんが小さく笑った。エミリーがにこにこしていた。庭師が静かに頷いていた。


——庭で花を育てているだけなのに、なんでこんなことになっているんだ。


まあ、いいか。

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