第三十九話 エミリーの趣味と俺の決意
庭を歩きながら、ずっと考えていた。
エミリーのことだ。
なろう小説的に言えば、エミリーは間違いなくヒロイン枠だ。メイド、護衛、美少女、サイボーグ、霧使い——属性が多すぎる。しかも考えようによっては幼馴染枠でもある。
だが、さすがに2歳前からメイドヒロインと交流する話は聞いたことがない。
……いや、なろうなら普通にありそうだが。
でも。
俺は立ち止まった。
エミリーはキャラクターじゃない。現実の人間だ。ハーレム要員かどうかなんて、俺が勝手に決めることじゃない。
——エミリーという人間と、ちゃんと向き合おう。
そう決めた。
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では、どうやって向き合うか。
前世のビジネス書に「相手の興味に関心を示すことで親密度が上がる」という話があった。共通点を作る、ミラーリング、そういう手法だ。営業でも人間関係でも使える基本中の基本。
エミリーの趣味は手編み人形だ。
「見せて」と言えばいい。
——待て。
俺は今エミリーをビジネス的に攻略しようとしているのか。
違う。そうじゃない。エミリーは現実の人間で、俺は純粋に向き合おうと決めたはずだ。手法云々じゃなく、純粋に興味を持てばいい。
……でも結果的に同じ行動になるな。
しばらく考えて、結論を出した。
動機が何であれ、エミリーの好きなものに興味を持つこと自体は悪いことじゃない。大事なのは、その先でちゃんとエミリーを見ることだ。
——よし。
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エミリーは庭の視界の通りがいい場所に立っていた。
いつも通りだ。背筋が伸びて、周囲に目を配って、護衛として庭全体を見ている。にこにこしているが、目は動いている。プロの目だ。
俺はエミリーの前まで歩いていった。エミリーが視線を下ろした。
「坊っちゃん、どうかしましたか?」
「……てあみ」
エミリーが少し目を丸くした。
「手編みですか?」
「……みせて」
エミリーがしばらく俺を見た。それから、ふわっと笑った。護衛の顔じゃなくて、別の顔だった。
「少しだけですよ」
エミリーが近くのベンチに腰を下ろした。どこから取り出したのか、毛糸と編み棒が現れた。サイボーグの腕と普通の腕で、器用に毛糸を操り始める。
「坊っちゃんは手編みに興味があるんですか?」
俺はベンチの隣に座って、エミリーの手元を眺めた。
「……うん」
嘘じゃない。今この瞬間、本当に興味があった。
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エミリーの手が動くたびに、毛糸が形を作っていった。
サイボーグの腕は精密だった。毛糸を一定の力で引いて、編み棒を正確な角度で動かす。でも普通の腕の方が主導していた。サイボーグの腕はあくまで補助だ。
「これはね、小さな動物を作っているんです」
「……どうぶつ?」
「うさぎです。坊っちゃんにあげようと思って」
俺は少し驚いた。
「……ぼくに?」
「はい。ずっと作っていたんですよ」
エミリーがにこにこしたまま手を動かし続けた。毛糸が少しずつうさぎの形に近づいていく。
俺はその手元を眺めながら、思った。
ビジネス的な手法とか、ハーレム要員とか、そういうことを考えていた自分が少し恥ずかしかった。エミリーはただ、俺のためにうさぎを編んでいた。それだけだ。
「……ありがとう」
エミリーが手を止めて、俺を見た。
「坊っちゃんがお礼を言ってくれると、作った甲斐がありますね」
また笑った。今度は護衛の顔でも別の顔でもなく、ただエミリーの顔だった。




