第三十七話 俺のバスタイムがおかしかった件
今日は突然だが、風呂の話をしたい。
生後からずっとこれが普通だと思っていた。赤ん坊なんてこういうものだろうと。
でも最近、なんとなく引っかかるものがある。
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バスタイムを担当しているのは、セリーヌ・ベルティエという女性だ。
40代前半。白髪混じりの黒髪をきっちりまとめていて、表情がほとんど動かない。喋らない。でも手が温かい。
よく見ると顔立ちが整っている。美人だ。
——と思ったら左手薬指に指輪があった。
——ヒロインじゃないらしい。
生後からずっと担当してくれている。
俺の肌の状態を毎日日報に記録しているらしく、ある日父さんが「本日のエリック様の肌コンディションは良好です」と報告を受けているのを目撃した。
——エリック様の肌コンディション。
まあ、そういう人だ。
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浴室に入るたびに思うのだが、ここは本当に風呂なのか。
壁は大理石だ。床も大理石だ。天井も大理石だ。どれだけ費用をかけているんだ。
間接照明が柔らかく灯っていて、どこからかヒーリング音楽が流れている。
自然音らしい。川のせせらぎか、森の風か、そういう類の音だ。
香りもする。カモミールかラベンダーか、赤ん坊に安全な天然精油とやらが微量に焚かれているらしい。
セリーヌさんが細い杖を取り出して、湯温を調整した。
魔法による温度管理だ。
毎回ぴったり同じ温度になる。
季節によって微妙に変えているらしく、夏と冬では少し違う気がする。
湯に浸かると、魔法による保湿処理が始まる。
肌に何かが染み込んでいく感覚がある。
お風呂上がりには高級オーガニックオイルで全身を保湿される。
防腐剤も化学成分も一切排除された、作りたてのようなクリームらしい。
そしてマッサージだ。
マッサージの前に、セリーヌさんが左手薬指の指輪をそっと外した。
小さなトレイに置いて、それから手を動かし始める。——細かいところまでプロだ。
プロの手技と魔法を組み合わせた、専門的なやつだ。毎回丁寧に、全身をほぐしていく。
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……待ってくれ。
改めて考えると、これは普通じゃないんじゃないか。
赤ん坊のバスタイムといえば、前世の記憶では「ベビーバスにお湯張って、泡立てたベビーソープでさっと洗って、タオルで包んで終わり」という感じだったはずだ。
所要時間10分。実用的。合理的。
でも俺のバスタイムは毎回30分以上かかっている。
大理石の浴室で、間接照明と環境音とアロマの中で、魔法による温度管理と保湿処理とプロのマッサージを受けている。
——さすがにおかしくないか。
しばらく考えた。
マッサージの手技が、毎回同じ順番で同じ部位を刺激している。
筋肉をほぐして、血流を促進して、関節を丁寧に動かして。
……あ。
これは設計されている。
睡眠の質を上げるためのルーティンだ。
運動神経を育てるためのマッサージだ。
赤ん坊の自律神経を整えて、質の高い睡眠へ導くための、計算された儀式だ。
偶然じゃない。全部、意図してやっている。
俺はセリーヌさんの手を見た。表情ひとつ変えずに、淡々と、丁寧に動いている。
——恵まれているんだな。
父さんと母さんに、素直にそう思った。
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風呂から上がると、セリーヌさんが柔らかいタオルで丁寧に水気を拭き取った。
それからオイルで保湿して、パジャマを着せて、寝室まで連れて行く。
毎回同じ流れだ。一切の無駄がない。
ベッドに寝かされると、体がじんわりと温かかった。
マッサージの効果か、眠気がゆっくりと押し寄せてくる。
セリーヌさんが部屋の照明を落として、静かに出て行った。
——毎晩こんな感じだったのか。
前世では布団に倒れ込んでスマホを見ながらそのまま寝落ちする生活だった。
対して今は、専門家に整えてもらった最高の状態で眠りにつく。
どっちが良いかは明らかだ。
父さんは今日も遅くまで仕事をしているだろう。
母さんは昼間から俺の相手をして、夕方には使用人たちと夕食の確認をしていた。
二人ともそれぞれ忙しい。
でもこういう環境を用意してくれている。
「……メルシー」
暗い天井に向かって、小さく呟いた。返事はなかった。
ハッピーバースデー計画、絶対に成功させよう。




