第二十九話 転生者だとバレて追放されたくない件
ルミとネルギーが踊っていた。
フランス語で何か言っていた。半分わからなかった。単語は少し拾えるようになっていた。でも文章になると追いつかなかった。ルミが何かを指差した。ネルギーが笑った。何が面白かったのかわからなかった。
——長期戦だ。
フランス語の習得は簡単ではなかった。前世では英語を使う機会が多かった。フランス語は観光で少し触れた程度だった。ビジネスで使ったことはなかった。エリートサラリーマンだったが、フランス語だけは専門外だった。
ルミがまた何か言った。
わからなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
——待った。
画面を見ながら、ふと思った。
日本語でやればいいんだ。
前世の言語だ。読める。書ける。入力できる。フィルターがかかっていても、日本語で検索できれば突破できるかもしれない。少なくともフランス語より格段に早く情報収集できる。
なぜ今まで気づかなかったんだ。
——気づくのが遅すぎた。
設定画面を探した。アイコンを一つずつ確認した。フランス語で書いてあるので読めなかった。でも歯車のマークは万国共通だった。押した。設定画面が開いた。
言語の項目を探した。あった。
「Langue」と書いてあった。フランス語で「言語」のことだと推測した。押した。言語の一覧が出てきた。上から順に見た。日本語があった。
——あった。
押そうとした。
指がずれた。
隣のアラビア語を押してしまった。画面がアラビア語になった。
——違う。
戻した。もう一度日本語を探した。あった。今度は慎重に押した。
指がまたずれた。
韓国語になった。
——違う。
戻した。もう一度やった。
時間がかかった。何度もずれた。何度も戻した。指が言うことを聞かなかった。
それでも、なんとか押せた。
画面が日本語になった。
——よし。
日本語のキーボードが出てきた。ひらがな入力だった。前世では使い慣れていた。でも今の指では——
とりあえず後で考えることにした。まず設定が変わった。それでよかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その直後、エミリーが部屋に入ってきた。
いつものにこにこだった。画面を見た。
止まった。
一秒くらい、止まった。
「あら」
画面を見たまま言った。
「設定が変わっていますね」
にこにこしていた。でも首が少し傾いていた。
俺はエミリーを見た。エミリーは画面を見ていた。日本語の画面を見ていた。
——まずい。
エミリーが設定画面を開いた。言語の項目を押した。指が正確だった。一発で押せた。
フランス語に戻った。
「はい、直りましたよ」
にこにこしながら言った。
タブレットを置いた。部屋を出た。
——戻された。
俺はタブレットを見た。画面はフランス語に戻っていた。ルミとネルギーが踊っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
考えた。
なぜ戻されたのか、はわかった。そういう問題じゃなかった。
問題は——1歳の子供がタブレットの言語設定を日本語に変えた、という事実だった。
日本語を知っている。
それはつまり、日本語をどこかで習得したということになる。この家ではフランス語しか使っていない。父さんも母さんもエミリーもフランス語だ。日本語を教えた人間がいない。
なのに日本語を知っている。
——転生者だとばれる。
なろう小説でそういう話は読んだことがある。前世の記憶を持つ転生者が、知りすぎていることで周囲に気づかれる展開。気味悪がられる展開。追放される展開。最悪、国家に捕まって実験体にされる展開。
——いやだ。
追放されたくない。
この家は快適だ。イサベル母さんがいる。アルマン父さんがいる。エミリーがいる。料理長がいる。大きな庭がある。空にプラットフォームが六基浮いている。
追放されたら全部なくなる。
——絶対にいやだ。
前世で読んでいたなろう小説でも、転生バレは序盤の最大のリスクだった。賢い主人公は転生バレを徹底的に避ける。俺も避けなければならない。
——日本語でやるのは、しばらくやめよう。
結論を出した。
フランス語を覚えるしかない。遠回りだが、安全だ。転生バレより遠回りの方がいい。追放されるくらいなら、ルミとネルギーと向き合う方がいい。
——まあ、仕方がない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
タブレットを見た。
ルミとネルギーが踊っていた。
フランス語で動物の名前を教えていた。ホログラムでキリンが出てきた。昨日も見た。でかかった。
「ジラフ!」
ルミが言った。
——ジラフ。
キリンはフランス語でジラフというらしかった。
——英語と同じだな。
英語でもGiraffeだ。スペルが同じなのか、発音が近いだけなのか。前世では確認する機会がなかった。今は確認する手段もなかった。でも音は同じだった。覚えやすかった。
次はゾウが出てきた。
「エレファン!」
——エレファン。
英語ではElephantだ。エレファント。最後にトがある。フランス語にはなかった。
——トがないのか。
語尾が違う。
フランス語には語尾のルールがある。そういうものなのかもしれなかった。覚えておくことにした。
次にルミが画面の前に立った。
「ボンジュール!」
——ボンジュール。
挨拶だ。これは知っていた。前世でも聞いたことがあった。フランス語で「こんにちは」だ。
——挨拶か。
動物の名前から挨拶に飛んだ。カリキュラムの順番がよくわからなかった。でも覚えた。
——悪くない。
使える単語を増やしていこう。
フィルターは突破できない。日本語も使えない。でも単語は増える。文章が読めるようになる日が来る。そうしたら情報収集ができる。
遠回りだが、仕方がない。
エリックはタブレットを見た。ルミとネルギーが踊っていた。
——当面の相棒はこいつらか。
——ボンジュール。




