第二十八話 ルミとネルギー
父さんが箱を持ってきた。
薄い箱だった。白かった。ロゴが入っていた。フランス語だったので読めなかった。
開けた。タブレットのような端末が入っていた。
薄かった。現代のタブレットより薄く、角が丸かった。画面が大きかった。電源を入れると、ホログラムが浮き上がった。画面の上に、立体的な映像が出た。
——きた。
情報収集モードのスイッチが入った。
前世でも新しいデバイスが来たら真っ先に設定を確認した。何ができて何ができないか。どこに何があるか。全体を把握してから使い始める。サラリーマンの習性だ。
父さんがにこにこしながら見ていた。
「気に入ったか」
——気に入るかどうかはこれからだ。
とりあえず画面を触った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
だが、指が小さすぎた。
タップしたいところの隣をタップしてしまう。少し右を押したいのに、少し左が反応する。スワイプしようとしたら画面が素通りした。もう一度やった。また素通りした。
——難しい。
前世では指先の操作に自信があった。スマートフォンの文字入力も早かった。でも今の指は短くて太くて、思い通りに動かなかった。
音声入力を試みることにした。
マイクのアイコンを探した。あった。なんとか押せた。
「ルミエール・エナジー」
と言おうとした。
口から出たのは「ルミエー・エネジー」だった。自分でもわかった。活舌が悪かった。フランス語のRの音が出なかった。Eの音が崩れた。
画面が一瞬止まった。
認識中、という表示が出た。
それから——
画面が切り替わった。
カラフルな背景が出てきた。丸い体の生き物が二匹、画面の中央に現れた。一匹は青くて光っていた。もう一匹はオレンジで元気そうだった。
音楽が流れ始めた。
『ぼくはルミ! ぼくはネルギー! いっしょにあかるいせかいをつくろう!』
フランス語だったので半分しかわからなかったが、だいたいそういう内容だった。
二匹が踊り始めた。
——違う。
俺が調べたいのはルミエール・エナジーだ。エネルギー企業だ。父さんの会社だ。子供向けキャラクターではない。ルミとネルギーではない。
でも画面の中でルミとネルギーは楽しそうに踊っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
気を取り直して画面を操作した。
文字入力を試みた。キーボードが出てきた。フランス語配列だった。
見た。
——読めない。
単語は少し聞き取れるようになっていた。でも文字は別だった。聞くことと読むことは違った。どのキーを押せば何の文字が出るのかわからなかった。そもそも何を入力すればいいのかわからなかった。
キーボードをしまった。
別の方法を探した。
アイコンが並んでいた。フランス語でラベルが付いていた。読めなかった。とりあえず押してみた。
弾かれた。
もう一つ押した。
弾かれた。
フィルターだった。
——そうか。そういうことか。
ニュースのアイコンらしきものを押した。弾かれた。地図のアイコンを押した。開いた。でも検索窓に何も入力できなかった。企業情報らしきアイコンを押した。弾かれた。
出てくるのは知育コンテンツだけだった。
画面の中でルミとネルギーがまた踊っていた。
——俺はこれを見ろということか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しばらく見た。
フランス語で動物の名前を教えていた。ホログラムでライオンが飛び出してきた。思ったより大きかった。思わず後ろに下がった。ライオンは消えた。
次はゾウが出てきた。
次はキリンが出てきた。
——悪くない。
フランス語で動物の名前が覚えられる。情報収集は無理だった。企業情報も世界情勢も見られなかった。でもフランス語の単語は増える。言語習得のツールとしては使える。遠回りだが、仕方がない。まずフランス語だ。
キリンがホログラムで目の前に立っていた。
でかかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そのとき、エミリーが部屋に入ってきた。
端末を見た。画面を見た。ルミとネルギーが踊っているのを見た。
「あら、ルミとネルギーですね」
にこにこしながら言った。
部屋を出た。
すぐ戻ってきた。
両手に抱えていた。
ぬいぐるみがあった。マグカップがあった。ブランケットがあった。缶に入った何かがあった。全部ルミとネルギーだった。青いルミとオレンジのネルギーが全部のグッズに印刷されていた。
「旦那様の会社のキャラクターなんですよ」
にこにこしていた。
俺は画面を見た。
ルミとネルギーが踊っていた。
——惜しかった。
「ルミエー・エネジー」と言ったとき、あと少し発音が良ければ会社の情報が出てきたかもしれなかった。でも出てきたのはこの二匹だった。
エミリーがルミのぬいぐるみを渡してくれた。
青くて丸かった。




