第二十七話 空に浮かぶルミエール・プラットフォーム
テラスの扉が開いた。
光が来た。
家の中とは違う種類の光だった。窓から見ていた光とも違った。全部が一度に来た。光と、風と、匂いが。
——外だ。
当たり前のことしか思わなかった。でもそれ以外の言葉が出なかった。
ラベンダーの匂いがした。何か柑橘系の匂いもした。風が温かかった。3月のフランスの朝だった。前世では経験したことのない種類の朝だった。
エミリーがにこにこしながら隣に立っていた。
「お庭ですよ、坊っちゃん」
——知ってる。
でも、知っているのと、実際に立っているのは違った。
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とりあえず歩いた。
目の前に噴水が見えた。近づこうとした。思ったより遠かった。よちよちしながら歩いた。芝生だった。石畳より少し歩きにくかった。
庭の端が見えなかった。
右を見た。まだ続いていた。左を見た。まだ続いていた。前を見た。噴水の向こうにまだ何かあった。緑が続いていた。
——どこまであるんだ。
歩いた。歩いた。歩いた。
噴水に辿り着いた。
思ったより時間がかかった。よちよちだから仕方がない。でも思ったより時間がかかった。
噴水は大きかった。水が音を立てていた。音楽に合わせているような、していないような、不思議なリズムだった。水が青かった。
近づいた。
色が変わった。
青から、金色に。
俺はしばらく噴水を見た。噴水は金色のまま水を上げていた。
試しに後ろに下がってみた。また青に戻った。近づいた。また金色になった。
——なるほど。
俺が近づくと金色になる噴水だった。
この家には料理長がいて、使用人が15人以上いて、人が近づくと色が変わる噴水があった。
また同じ結論に辿り着いた。
——これが、普通なのか。この家では。
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噴水の前で一息ついた。
空を見上げた。
でかい何かが浮いていた。
指を向けた。
「——あ」
それしか出なかった。でも指は向いていた。エミリーが俺の視線を追った。
「ああ、ルミエール・プラットフォームですよ」
にこにこしながら言った。
「旦那様のお仕事のものですよ。あれがお空からこの街に光を届けているんです」
俺は空を見たまま、数えた。
一、二、三、四、五、六。
六基あった。
形は円盤に近かった。でも薄くはなかった。厚みがあった。建物が乗っているのかもしれなかった。底の部分が微かに光っていた。青白い光だった。父さんの会社の色と同じだった。
ゆっくりと旋回していた。速くはなかった。でも止まってもいなかった。一定のリズムで、街の上を静かに動いていた。六基がそれぞれ違う軌道を取っているようだった。ぶつからない距離を保ちながら、街全体を均等にカバーするように配置されていた。
——よくできている。
音はしなかった。あの大きさで、あの高さで、音がしなかった。魔力で浮いているのか、それとも別の技術なのか。どちらにしても、静かだった。
外に出たことはあった。でも抱かれていた。誰かの腕の中から見える景色は、空ではなく前だった。自分の足で立って、自分で空を見上げたのは、今日が初めてだった。
——父さんの会社が、あれを動かしているのか。
実感がなかった。
でも、あった。空に浮いていた。確かに六基あった。街の上で、静かに光を届けていた。
——この街、どうなってるんだ。
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噴水から先を見た。
庭の奥がまだ続いていた。ラベンダーの森が見えた。池らしきものが見えた。テラスの向こうに海が光っていた。天使の湾だった。青かった。
行きたかったが、足が限界だった。よちよち歩きで噴水まで来るのに、すでに使い果たした感があった。
エミリーが抱き上げてくれた。
今日の探検の収穫をまとめた。庭は広すぎる。噴水は感情を読む。空に六基浮いている。海が見えた。庭の奥はまだ行けない。
次の探検は庭の奥だ。今日は引き返す。いつかは行ける。
エミリーが「よく歩けましたね、坊っちゃん」と言った。
にこにこしていた。
——褒められた。
悪くなかった。




