表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/56

第二十六話 デュボワ邸の探検

歩けるようになって、最初にしたことは探検だった。


今まで抱かれるか、床を這うかしかできなかった。行ける場所が決まっていた。でも今は違う。自分の足で行ける。


——前世でも引っ越したら真っ先に間取りを確認した。


サラリーマンの習性だ。新しい環境に入ったらまず全体を把握する。どこに何があるか。どこが使えてどこが使えないか。情報は多い方がいい。


エミリーがついてきた。


にこにこしていた。いつものにこにこだった。ただ、歩幅が俺に合わせてある。逃がさない気配があった。


——まあ、そうか。


仕方がない。監視付きの探検だ。それでも探検は探検だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


まず居間に入った。


——何回か来たことはあるが、やはり広い。


立ち止まって、端から端までを見渡した。前世のワンルームが何個入るか数えようとして、やめた。数えると悲しくなる。ワンルームと比べるものじゃなかった。


天井が高かった。窓が大きかった。光が床に落ちていた。南フランスの光だった。こんな光の中で毎日過ごしているのか、と今更気づいた。


ソファがあった。大きかった。テーブルがあった。大きかった。この家にあるものは全部大きかった。


——まあ、そうか。


次に食堂へ行った。


テーブルがあった。


——長い。


端から端まで歩いてみた。よちよちしながら歩いた。思ったより時間がかかった。このテーブルを囲んで食事をする人数を想像した。何人だ。家族は三人だ。エミリーを入れても四人だ。このテーブルは何人用なんだ。


エミリーが「大きなテーブルでしょう」とにこにこしながら言った。


——大きすぎる。


次に台所を覗いた。


人がいた。


白いコック帽をかぶった人が二人いた。二人同時にこちらを見た。


——なぜ二人いるんだ。


「料理長とその助手ですよ」


エミリーが説明した。


——料理長。


この家に料理長がいる。料理長というのは、レストランにいるものだと思っていた。家に料理長がいる家があるのか。あるのか。この家にはあった。


料理長が軽く会釈した。助手も会釈した。


俺も会釈した。できる範囲で。


——デュボワ家、どうなってるんだ。


最初の疑問が、ここで生まれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


廊下の奥に、扉があった。


居間や食堂につながる扉とは違った。装飾がない。シンプルな扉だった。


——何があるんだ。


「坊っちゃん、そちらは——」


エミリーが言いかけた瞬間に、入った。


廊下だった。


扉が並んでいた。


数えた。一、二、三、四——


まだある。


五、六、七——


まだある。


廊下の突き当たりまで歩いた。よちよちしながら歩いた。突き当たりに着いたら、また扉があった。角を曲がったら、また廊下があった。また扉が並んでいた。


——どこまで続くんだ。


「坊っちゃん」


エミリーが追いかけてきた。にこにこしていた。いつものにこにこだった。ただ、いつもより少し速く歩いていた。


「こちらは坊っちゃまがいらっしゃる場所では——」


にこにこしていた。


でも、ここには来てほしくない顔だった。


俺はエミリーを見た。エミリーは俺を見た。


抱き上げられた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


抱き上げられながら、計算した。


さっき数えた扉の数。廊下の長さ。角を曲がった先の扉の数。全部足した。


——住み込みだけで、15人は下らない。


通いも入れたら何人になるんだ。庭師がいる。運転手がいる。警備もいるはずだ。全部足したら何人になる。


——俺が担当していたプロジェクトチームより多い。


前世のプロジェクトチームは12人だった。精鋭だった。あのチームより多い人数が、この家に専属でいる。この家のために動いている。


富裕層というのは知っていた。


でも知っていることと、実感することは違った。


——これが、普通なのか。この家では。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


廊下を戻った。


居間を抜けた。玄関ホールに出た。


階段があった。


2階へ続く階段だった。手すりが白かった。段数を数えた。多かった。上の方は見えなかった。


——上には何があるんだ。


一段目に足をかけた。


エミリーが静かに前に立った。


にこにこしていた。動かなかった。


俺はエミリーを見た。エミリーは俺を見た。にこにこしていた。


三秒考えた。


——今日は無理だ。


引き返した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日の探検の収穫をまとめた。


居間は広すぎる。食堂のテーブルは長すぎる。料理長がいる。使用人が多すぎる。2階には行けない。


——まあ、そうか。


次の探検は2階だ。今日は引き返す。いつかは行ける。


エミリーが抱き上げてくれた。


「よく歩けましたね、坊っちゃん」


にこにこしていた。


——褒められた。


悪くなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ