第二十六話 デュボワ邸の探検
歩けるようになって、最初にしたことは探検だった。
今まで抱かれるか、床を這うかしかできなかった。行ける場所が決まっていた。でも今は違う。自分の足で行ける。
——前世でも引っ越したら真っ先に間取りを確認した。
サラリーマンの習性だ。新しい環境に入ったらまず全体を把握する。どこに何があるか。どこが使えてどこが使えないか。情報は多い方がいい。
エミリーがついてきた。
にこにこしていた。いつものにこにこだった。ただ、歩幅が俺に合わせてある。逃がさない気配があった。
——まあ、そうか。
仕方がない。監視付きの探検だ。それでも探検は探検だ。
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まず居間に入った。
——何回か来たことはあるが、やはり広い。
立ち止まって、端から端までを見渡した。前世のワンルームが何個入るか数えようとして、やめた。数えると悲しくなる。ワンルームと比べるものじゃなかった。
天井が高かった。窓が大きかった。光が床に落ちていた。南フランスの光だった。こんな光の中で毎日過ごしているのか、と今更気づいた。
ソファがあった。大きかった。テーブルがあった。大きかった。この家にあるものは全部大きかった。
——まあ、そうか。
次に食堂へ行った。
テーブルがあった。
——長い。
端から端まで歩いてみた。よちよちしながら歩いた。思ったより時間がかかった。このテーブルを囲んで食事をする人数を想像した。何人だ。家族は三人だ。エミリーを入れても四人だ。このテーブルは何人用なんだ。
エミリーが「大きなテーブルでしょう」とにこにこしながら言った。
——大きすぎる。
次に台所を覗いた。
人がいた。
白いコック帽をかぶった人が二人いた。二人同時にこちらを見た。
——なぜ二人いるんだ。
「料理長とその助手ですよ」
エミリーが説明した。
——料理長。
この家に料理長がいる。料理長というのは、レストランにいるものだと思っていた。家に料理長がいる家があるのか。あるのか。この家にはあった。
料理長が軽く会釈した。助手も会釈した。
俺も会釈した。できる範囲で。
——デュボワ家、どうなってるんだ。
最初の疑問が、ここで生まれた。
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廊下の奥に、扉があった。
居間や食堂につながる扉とは違った。装飾がない。シンプルな扉だった。
——何があるんだ。
「坊っちゃん、そちらは——」
エミリーが言いかけた瞬間に、入った。
廊下だった。
扉が並んでいた。
数えた。一、二、三、四——
まだある。
五、六、七——
まだある。
廊下の突き当たりまで歩いた。よちよちしながら歩いた。突き当たりに着いたら、また扉があった。角を曲がったら、また廊下があった。また扉が並んでいた。
——どこまで続くんだ。
「坊っちゃん」
エミリーが追いかけてきた。にこにこしていた。いつものにこにこだった。ただ、いつもより少し速く歩いていた。
「こちらは坊っちゃまがいらっしゃる場所では——」
にこにこしていた。
でも、ここには来てほしくない顔だった。
俺はエミリーを見た。エミリーは俺を見た。
抱き上げられた。
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抱き上げられながら、計算した。
さっき数えた扉の数。廊下の長さ。角を曲がった先の扉の数。全部足した。
——住み込みだけで、15人は下らない。
通いも入れたら何人になるんだ。庭師がいる。運転手がいる。警備もいるはずだ。全部足したら何人になる。
——俺が担当していたプロジェクトチームより多い。
前世のプロジェクトチームは12人だった。精鋭だった。あのチームより多い人数が、この家に専属でいる。この家のために動いている。
富裕層というのは知っていた。
でも知っていることと、実感することは違った。
——これが、普通なのか。この家では。
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廊下を戻った。
居間を抜けた。玄関ホールに出た。
階段があった。
2階へ続く階段だった。手すりが白かった。段数を数えた。多かった。上の方は見えなかった。
——上には何があるんだ。
一段目に足をかけた。
エミリーが静かに前に立った。
にこにこしていた。動かなかった。
俺はエミリーを見た。エミリーは俺を見た。にこにこしていた。
三秒考えた。
——今日は無理だ。
引き返した。
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今日の探検の収穫をまとめた。
居間は広すぎる。食堂のテーブルは長すぎる。料理長がいる。使用人が多すぎる。2階には行けない。
——まあ、そうか。
次の探検は2階だ。今日は引き返す。いつかは行ける。
エミリーが抱き上げてくれた。
「よく歩けましたね、坊っちゃん」
にこにこしていた。
——褒められた。
悪くなかった。




