第98話 再燃
「暴動再燃!」
その報告は、余韻を切り裂いた。王宮の空気が一瞬で変わる。先ほどまでの静かな熱は消え、代わりに現れたのは――現実だ。
「規模は!」
第一王子が即座に問う。規模を先に訊くのは、彼の癖だった。
「拡大中!」
「西方第二都市、及び周辺三都市!」
ルークの顔が険しくなる。三都市が同じ日に燃えることは、まず無い。
「……連鎖している」
エリシアはすでに地図を広げていた。印を打つ手が止まらない。
「資本流入ルートと一致しています」
「均衡条約の影響圏内です」
つまり、王の構造の中で起きている。レオンハルトは迷わない。
「即時対応」
短い指示だった。迷う時間そのものが損失になる。
「支援規模を倍増する」
第一王子が顔を上げる。倍、という語に、紙を繰る手が止まった。
「倍だと?」
「足りない」
レオンハルトは言い切る。
「抑えるのではなく、止める」
強い判断だった。ルークが即座に計算する。
「……可能ですが」
「外貨準備が削られます」
「削れ」
迷いがない。削れ、の一語で、準備金の話が終わった。エリシアが静かに言う。
「基金の上限に達します」
「突破する」
沈黙。全員が理解する。これは一時対応ではない。構造への介入だ。
「物資は」
「食料と燃料を優先」
「信用保証も拡大」
次々に指示が飛ぶ。その時。
「……遅い」
ルークが呟いた。全員が見る。
「何がだ」
「反応が」
低い声だった。遅い、と言ったのは反応の話ではない。
「これは自然発生ではない」
エリシアが頷く。日付を並べれば、揃いすぎているのが分かる。
「はい」
「同時多発すぎます」
第一王子が言う。自然、という語を誰も信じていない。
「誘導か」
「可能性が高いです」
沈黙。誰が。連盟か。強硬派か。理念派か。
「……違う」
ルークが言う。手口の粗さが、彼の知る連盟と合わない。
「連盟ならもっと精密にやる」
「これは粗い」
「だが広い」
つまり。
「誰かが“火をつけた”」
その時。新たな報告が入る。
「西方第三都市!」
「倉庫が襲撃されました!」
エリシアの目が鋭くなる。倉庫の位置は、支援計画の写しにしか載っていない。
「支援物資です」
静寂が落ちた。物資ではなく、政策そのものが的になっている。第一王子が低く言う。
「……狙われてるな」
王の政策そのものが。レオンハルトは短く言う。
「護衛を強化」
「輸送路も確保」
「軍は?」
「まだ使わない」
即答だった。だが。その時。
「――東方国境」
兵が震えながら報告する。
「軍がさらに前進!」
空気が凍る。前進、という報告に、もう誰も聞き返さない。
「距離は」
「射程圏内です!」
完全な圧力だった。同時。内と外。エリシアが言う。
「……連動しています」
ルークが続く。連動、という語に、彼はもう驚かない。
「はい」
「暴動で内部を削り」
「軍で外圧をかける」
第一王子が吐き捨てる。手口が読めても、手が足りるとは限らない。
「分かりやすいな」
「だが効果的だ」
レオンハルトは静かに言う。
「時間を与えるな」
即断だった。
「支援を前倒しする」
「輸送も強行」
ルークが言う。強行、という語の値段を、彼は正確に知っている。
「リスクが高い」
「承知だ」
短い。エリシアが見る。その横顔を。迷いはない。だが、消耗は確実に増える。
「陛下」
「何だ」
「これは」
一瞬言葉を止める。言い切ってよいかを、そこで測った。
「試されているのは」
レオンハルトが続ける。
「分かっている」
静かな声だった。
「どこまで届くか」
その言葉は重い。理念が。責任が。そして王が。ルークが呟く。
「……間に合うか」
誰も答えない。だが。レオンハルトは言う。
「間に合わせる」
それだけだった。その一言だけで、全員が動く。命令が飛ぶ。物資が動く。人が走る。
そして。西方。炎はまだ消えていなかった。むしろ、広がっている。叫び。怒り。そして、新しい声。
「奪え!」
「どうせ来るなら先に取れ!」
秩序が崩れ始めている。王の支援が届く前に、壊れる。
そして。遠く。東方の軍旗が揺れていた。赤金の鷲。静かに。だが確実に、近づいている。
試される。均衡が。そして、王が。
支度をしながら、エリシアは輸送の順番を三度組み替えた。三度目でようやく、自分が王の分の護衛を一人多く見積もっていたことに気づく。
その一人を減らすかどうかで、指がしばらく止まっていた。
支援が届く前に、秩序のほうが先に壊れます。
「どうせ来るなら先に取れ」という声を入れたのは、混乱を悪意として描きたくなかったからです。並んでも損をすると学習した人は、並ばなくなります。




