第99話 歪む支援
炎は、止まらなかった。
西方第二都市。王国の支援物資は確かに届いている。だが――足りない。
「配給が追いつかない!」
「列が崩れてるぞ!」
「押すな、押すな!」
怒号と混乱。秩序は回復どころか、さらに崩れ始めていた。
王都。
「配給地点で衝突多数」
報告が続く。衝突、という語が三度出てきた。
「物資は足りているはずだ」
第一王子が言う。積み出した量は、彼が自分で確かめている。ルークが首を振る。
「量ではない」
「分配です」
エリシアが補足する。都市内の道が塞がれば、倉庫は倉庫のままだ。
「物流が間に合っていません」
「都市内部の輸送網が壊れています」
つまり、届いているのに、届かない。レオンハルトは即断する。
「輸送部隊を増やせ」
「現地統制も強化」
ルークが言う。
「人員が足りません」
「現地の統治機構が崩壊しています」
沈黙が落ちた。統治機構、と彼が言ったのは、人が逃げたという意味だ。第一王子が吐き捨てる。
「金も物もある」
「だが回らない」
「それが現実です」
ルークの声は冷静だ。そして重い。その時。新たな報告。
「第三都市!」
「支援物資、奪取されました!」
空気が凍る。奪われた、という語の主語を、誰も先に言わない。
「誰にだ」
「……民衆です」
静寂が落ちた。責める言葉は、この部屋の誰の口からも出なかった。エリシアが目を伏せる。
「……予想通りです」
「秩序が崩れれば」
「早い者勝ちになる」
第一王子が低く言う。早い者勝ち、という語を、彼は苦い顔で繰り返した。
「公平じゃないな」
「はい」
エリシアは答える。並んでも届かないと学んだ人は、二度と並ばない。
「だから補正が必要です」
だが。ルークが言う。
「補正にも限界があります」
その言葉が、重く落ちる。限界、と彼が言うときは必ず数字が付く。
「現在の支援規模で対応可能なのは二都市」
「三都市目からは遅延が発生」
つまり、すでに限界に近い。レオンハルトは問う。
「切り捨てろと言うのか」
「言っていません」
ルークは即答する。
「ですが」
言葉を選ぶ。ここを曖昧にすれば、現場が勝手に選ぶことになる。
「優先順位は必要です」
沈黙が落ちた。優先順位、という語が、この場で初めて出た。それは、選ぶということだった。誰を先に救うか。そして、誰を後回しにするか。
エリシアが静かに言う。
「……線を引くかどうかですね」
レオンハルトの言葉がよぎる。“その線は、私が引く”。第一王子が言う。
「どうする」
短い。重い。答えは、王しか出せない。レオンハルトは答えない。代わりに言う。
「現地へ行く」
全員が動く。
「陛下!」
「危険です!」
「承知だ」
短い返答だった。危険だ、と言われて止まったことは一度も無い。
「見て判断する」
机上ではない。現実で。ルークが言う。
「移動経路を確保します」
エリシアも言う。
「私も同行します」
第一王子が笑う。同行、と言われて、誰も驚かなかった。
「当然だな」
動きが決まる。その瞬間。
「――東方軍」
報告が飛び込む。
「さらに前進!」
「国境警備線を突破寸前!」
沈黙。完全な。ルークが低く言う。
「……時間がない」
内も外も、同時に崩れる。レオンハルトは言う。
「急げ」
それだけだった。だがその一言で、すべてが動く。馬が用意される。護衛が整う。命令が飛ぶ。
そして、王は動く。西方へ。炎の中へ。
私も同行します、とエリシアは言った。当然だな、と第一王子は笑ったが、レオンハルトは何も言わなかった。
支度をしながら、エリシアは二都市ぶんの配給表を鞄に入れ、三都市目の表をわざと置いていった。持っていけば、使いたくなる。
止められなかったのか、止めるつもりが無かったのかは、馬に乗ってからも分からないままだった。
量は足りているのに、届かない。
足りない量を増やすより、届け方を直すほうが難しい。エリシアが指摘するのは分配の設計で、これは後々まで彼女が抱え続ける仕事でもあります。
配給の列の描写が刺さったという方は、評価をいただけると、この先の分配の話が書きやすくなります。




