第89話 創設家系
オルディア連盟。それは単なる金融組織ではない。
百年以上前。戦争で崩壊しかけた大陸において、“資本による均衡”を初めて実現した存在。その中心にいたのが――創設家系。
王都。ルークは書簡を手にしたまま、動かなかった。
「……アルヴェイン・オルディア」
その名を口にする声は、わずかに重い。第一王子が眉をひそめる。
「そこまで警戒する相手か」
「はい」
即答だった。警戒するか、と訊かれて考える必要が無い。
「連盟の“顔”はカイウスです」
「ですが“意志”は別にある」
エリシアが静かに問う。顔と意志を分ける言い方が、そのまま答えになっている。
「それが創設家系」
「そうです」
ルークは続ける。かつて自分が属していた組織を、外側から説明している。
「連盟は三層構造です」
「執行層――カイウス」
「監査層――内部調整」
「そして」
一拍置く。名を言う前の間が、いつもより長かった。
「創設家系」
空気が引き締まる。三つ目の層を、この部屋の誰も知らなかった。
「彼らは表に出ない」
「だが最終決定権を持つ」
第一王子が低く言う。上、という語を使ったことに、本人が顔をしかめた。
「王より上に立つ存在か」
「国家という枠の外にいる存在です」
その言葉は重かった。王ですら、国家の中の存在だ。だが連盟は“外”にいる。だからこそ支配できる。
エリシアは静かに書簡を見る。銀の線は、光の角度でしか見えない細さだった。
「公開対話……」
「なぜ今、表に出てきたのでしょう」
ルークは答える。表に出るのは、内側が持ちこたえられないときだ。
「均衡が崩れたからです」
「強硬派は失敗した」
「監査層は止めに入った」
「つまり」
「連盟自身が揺れている」
沈黙。レオンハルトは書簡を閉じる。
「ならば好機だ」
第一王子が笑う。好機、という語に真っ先に反応したのは彼だった。
「敵の内部に裂け目がある」
「そこに踏み込むか」
だがルークは首を振る。裂け目に踏み込む案は、すでに試して失敗している。
「アルヴェインは甘くありません」
「彼は“連盟を立て直す側”です」
エリシアが問う。人物を知らなければ、対話の準備はできない。
「どんな人物ですか」
ルークは少し考え、言葉を選ぶ。悪しざまに言えば、こちらの読みが鈍る。
「……感情がないわけではない」
「だが優先順位が違う」
「国家より、世界」
「人より、構造」
第一王子が鼻で笑う。国家より世界、という言い方を、彼は最も嫌う。
「理想家か」
「いえ」
ルークは即座に否定する。理想家なら、まだ勝ち目があった。
「現実主義者です」
その答えが、逆に重い。理想ではない。現実として“国家を不要”と考えている。
その時。王都の外れ。連盟の臨時公館。アルヴェインは静かに窓の外を見ていた。王都の街並み。市場が再び動き始めている。
「……興味深い」
小さく呟く。背後に控える部下が問う。
「王はどう見ますか」
「未完成だ」
即答だった。褒めても貶してもいない、査定の言葉だった。
「だが」
一瞬、目が細くなる。
「方向は正しい」
意外な評価だった。方向、という語を、この男は滅多に使わない。
「ならば敵ではないのでは」
部下が言う。アルヴェインは首を振る。
「敵か味方かは問題ではない」
「構造に適合するかどうかだ」
冷たい論理だった。適合しなければ外す、というだけの話でもある。
「国家は不安定要素だ」
「感情に左右される」
「だが市場は違う」
「利益と損失で均衡する」
彼の世界は明確だ。だから迷わない。だから危険だ。
再び王宮。レオンハルトが言う。
「対話は受ける」
誰も反対しない。だが全員が理解している。これはただの会談ではない。
「思想戦です」
エリシアが言う。剣も金も使わない戦いの怖さを、彼女は知っている。
「負ければ」
ルークが続ける。切り捨てられる側の理屈を、彼は内側から聞いていた。
「王国は“時代遅れ”として切り捨てられる」
第一王子が笑う。負ければ、の続きを聞いても顔色を変えない。
「面白い」
「剣も金も使わない戦いか」
レオンハルトは静かに言う。
「いや」
「最も危険な戦いだ」
理念は、人の心を変える。心が変われば、国家も変わる。
窓の外、風が吹く。王都は穏やかだ。
最も危険な戦いだ、と彼は言った。言ったあとで、エリシアのほうを見なかった。
見なかったのは、見れば言い方を変えてしまうからだろうと彼女は思う。思っただけで、確かめはしなかった。
その夜、エリシアは連盟の三層を紙に書き出し、執行層と監査層のあいだに線を引いた。理念派の位置だけが、どちらの側にも置けない。
置けない場所に印をつけて、その紙を伏せた。
アルヴェイン・オルディアの説明回です。
彼の世界観は明確で、だから迷いがありません。迷わない相手がいちばん危険だ、というのがここでの結論です。剣も金も使わない戦いに入ります。
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