↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/136

第88話 静かな分裂

 オルディア連盟本部は、海に面して建っている。白亜の外壁。巨大な円環紋章。窓は外から中を窺えない。


 だが内部では、均衡が崩れ始めていた。


「均衡条約の成立により、王国の信用は回復傾向」


 報告官の声は硬い。良い報せを読む声ではなかった。


「西方残存国は条約署名後、資金流出を停止」


「東方帝国も軍事演習を縮小」


 静寂。円卓の中央に座るカイウスは、指先で机を叩いた。


「つまり、王は生き延びた」


 誰も否定しない。信用凍結。軍事圧力。内部揺さぶり。それでも王は折れなかった。


「損失は」


「限定的です」


 別の声が続いた。損失の額を、誰も具体的には言わない。


「ただし、連盟の“不可侵性”は傷つきました」


 それが本質だった。連盟は恐怖で支配するのではない。“逆らっても無意味”という認識で支配する。だが王国は逆らい、立っている。


 円卓の一角。若い男が静かに口を開いた。


「恐怖に依存した時点で、理念は崩れる」


 全員の視線が集まる。アルヴェイン・オルディア。創設家系の若き総代。銀灰の髪。穏やかな目。だがその奥に冷たい理性がある。


「信用凍結は政治的判断でした」


 淡々と告げる。若い総代の声に、円卓の半分が姿勢を正した。


「連盟は“安定”を売る組織です」


「国家の破綻を誘発する行為は理念違反」


 カイウスの目が細まる。理念違反、という語で刺されたのは初めてだ。


「王は連盟を公然と攻撃した」


「応答は必要だった」


「応答と報復は違う」


 静かな反論だった。円卓の空気が揺れる。


「王国が破綻すれば、我々も損をする」


「市場は感情で動かすものではない」


 重い沈黙。監査層の数名が、わずかに頷く。強硬派が反論する。


「均衡条約は危険思想だ」


「国家主権の強化は、連盟の影響力低下に直結する」


 アルヴェインは否定しない。認めたうえで、置き場所を変えてくる。


「だからこそ、対話すべきです」


「排除ではなく、設計を」


 カイウスが立ち上がる。円卓で立つのは、劣勢の側だと決まっている。


「設計?」


「王は市場を国家に従わせようとしている」


「それは後退だ」


 アルヴェインは静かに答える。後退、という語をそのまま受け流した。


「王は市場を否定していない」


「透明化を求めただけです」


 言葉がぶつかる。だが怒号はない。ここは軍ではない。理念の戦場だ。


 やがてアルヴェインは言う。円卓の誰にも相談していない決定だった。


「王と公開対話を行います」


 ざわめきが走る。公開、という語を連盟が自ら使うことは、まず無い。


「連盟の理念を示す」


「恐怖ではなく、理論で」


 カイウスは冷ややかに言う。理論で人が動くと思うほど、この男は素朴ではない。


「王は政治家だ」


「理論では揺れない」


「それならば」


 アルヴェインの目がわずかに鋭くなる。


「揺れるかどうか、確かめましょう」


 会議は散会した。だが分裂は明確になった。強硬派。安定派。そして理念派。同じ連盟の中に、三つの方向。


 同時刻。王都。レオンハルトは均衡条約の進捗報告を受けていた。


「西方は落ち着きを取り戻しています」


「東方は警戒を維持」


 第一王子が言う。落ち着いた、という報告を、彼はまだ信じていない。


「嵐は過ぎたか」


「いや」


 ルークが静かに言う。攻撃が止むときは、たいてい形が変わるときだ。


「連盟は沈黙している」


「それが不気味です」


 その時、侍従が入室する。盆の上には、封書が一通だけ載っていた。


「連盟より書簡」


 深紺の封蝋。だが刻印が違う。円環の中に、細い銀線。ルークの目が揺れる。


「……創設家系」


 レオンハルトが封を切る。差出人の名は、書簡の二行目にあった。


『王へ』


『連盟総代アルヴェイン・オルディアより』


『公開対話を提案する』


『市場と国家、どちらが世界を守るか』


 静かな挑戦状だった。エリシアが息を呑む。


「思想戦です」


 第一王子が低く笑う。挑戦状を受け取ったときだけ、この人は笑う。


「面白い」


 だがレオンハルトの目は真剣だ。


「これは金融戦争より厄介だ」


 理念は、剣より深く刺さる。窓の外、王都の空は澄んでいる。だが大陸の均衡は、再び揺れ始めていた。


 敵は恐怖ではなく、理性を携えて、王の前に立とうとしている。


 封書を閉じたレオンハルトは、細い銀線の刻印をしばらく指でなぞっていた。金融戦争より厄介だ、と言ったときの声を、エリシアは覚えておこうと思う。


 同じ紋章を、二人とも見ていた。見ていたものが同じかどうかは、どちらも確かめなかった。


 エリシアは封蝋を光にかざし、円環の中の細い銀線を数えた。一本。前に届いた連盟の封には、無かった線だ。


 差出人が変わった、と紙の端に書く。書いてから、変わったのは差出人だけではないと思い直した。

円環の紋の中に、細い銀の線。


この刻印が何を指すかは次の回で話しますが、細部まで覚えておく必要はありません。覚えている方には、ずっと先で一度だけ得をしていただけると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。