第83話 均衡会議
王都は、かつてない緊張に包まれていた。中央議事堂の大広間。天井には王国の紋章。その左右に、各国の旗が掲げられる。
深緑――隣国。赤金――東方帝国。銀紋――西方残存国。そして、紺色の円環旗――オルディア連盟。
全員が揃う。大陸の均衡は、いまこの場にある。
レオンハルトが中央席に立つ。主催国の席は、四つの旗のちょうど真ん中にある。
「均衡は力だけでは保てない」
静かな声だった。力だけでは、と最初に置いたのは連盟に向けてだ。
「金融、軍事、そして信頼」
「本会議はその再定義を目的とする」
最初に発言したのは、セルヴァンだった。順番を譲らないところは、以前と変わらない。
「隣国は王国の主権を認める」
「だが連盟の影響は過大だ」
連盟側を牽制する。カイウスは微笑む。
「影響とは信頼のこと」
「我々は安定を提供するのみ」
言葉は柔らかい。だが支配の構造は変わらない。
次に立ち上がるのは、赤金の鷲。イリーナ。軍装のままだった。
「東方は市場を信じない」
低い声だった。市場を信じない、と軍人が言えば、それは告発になる。
「軍は軍で均衡を保つ」
「だが金融が軍を動かすなら」
一瞬、連盟を見る。見た先で、紺色の席だけが微動もしなかった。
「均衡は崩れる」
空気が張り詰める。エリシアが静かに資料を提示する。
「王国は提案する」
「国際金融透明化条約」
「加盟国は大規模資金移動を公開」
ざわめき。連盟の目が細まる。
「軍事演習の相互監視制度」
イリーナが反応する。監視という語に、真っ先に手を挙げたのが軍だった。
「東方は受ける」
意外な即答だった。受ける、と言う代わりに条件を並べる者が多い場だ。
「だが連盟はどうする」
カイウスは微笑を崩さない。問われることまで、想定の内にあったらしい。
「我々は国家ではない」
「条約対象外だ」
逃げ道だった。第一王子が鋭く言う。
「ならば国家が制限する」
「加盟国は連盟との資金契約を議会承認制とする」
西方残存国の代表が動揺する。それは事実上の制限だった。レオンハルトが言う。
「連盟を排除しない」
「だが透明化する」
沈黙。カイウスの笑みがわずかに消える。
「王は市場に介入するのか」
「市場は自由だ」
「だが国家も自由だ」
静かな応酬だった。イリーナが言う。
「東方は王国案を検討する」
セルヴァンが続く。検討する、で止めた東方より一歩前へ出た。
「隣国も同意」
西方代表は迷う。連盟に資金を依存している。その時。ルークが一歩前へ出る。
「市場操作の資金連鎖を公開する」
ざわめき。連盟の資金流れを証拠付きで提示する。西方代表の顔色が変わる。
「我々は……」
逡巡が長い。連盟の資金で回っている国が、その連盟を縛る案に手を挙げる。
「条約案に賛成する」
空気が揺れる。連盟は孤立しかける。カイウスは静かに言う。
「王は均衡を再設計した」
「だが均衡は脆い」
その目は冷たい。脆い、という語を、彼は予告として置いている。
「金融は流れる」
「止めれば溢れる」
警告だった。だがこの瞬間、王国は包囲の中心から、均衡の中心へと立ち位置を変えた。
会議は一時休会となった。決まったのは案の枠組みだけで、批准はこれからだ。
夜。エリシアは深く息を吐く。
「一歩です」
レオンハルトは頷く。一歩、という彼女の言い方を、彼は訂正しなかった。
「だが連盟は終わっていない」
遠く、紺色の旗が揺れる。カイウスは書簡を書いていた。
『第二段階失敗』
『第三段階へ』
均衡は保たれた。
休会の合図のあと、レオンハルトは席を立たずにいた。一歩です、と彼女が言った言い方を、訂正しないまま座っている。
エリシアはその隣に立ち、次の議題の紙を揃えた。揃えながら、賛成に回った席を数える。四つのうち三つ。残る一つは、まだ紺色の側にある。
揃え終えても、彼はまだ立たなかった。
均衡会議です。
立っている場所は最初から変わっていません。変わったのは、そこが何と呼ばれるかだけです。この物語で一番好きな種類の逆転でした。




