第82話 赤金の鷲
東方帝国軍は、ついに国境線まで進出した。演習の名目は維持されている。だが陣形は実戦配置。補給拠点も仮設から常設へ変わっていた。
「挑発だな」
第一王子が地図を見下ろす。
「越境はしていない」
軍務官が答える。越えていない、という一点だけが、まだこちらの手にある。
「だが威圧は明確」
王宮の空気が重く沈む。金融圧力が弱まった直後の軍事示威。偶然ではない。
「連盟が東方へ資金支援」
ルークが静かに報告する。追える口座は、前回より少なかった。
「軍事費増額の裏に金融保証」
王国包囲は完成寸前だった。その時、急使が到着する。
「隣国より書簡!」
深緑の封蝋。セルヴァンの名。第一王子が目を細める。書簡は短い。
『均衡は崩れつつある』
『大陸均衡会議を提案する』
『王国が中心となれ』
沈黙。
「……協力の提案か」
エリシアが言う。中心となれ、という言い方に、押しつけの匂いもある。
「隣国も連盟を警戒している」
セルヴァンは敵であり、均衡維持者でもある。レオンハルトは静かに言う。
「受ける」
第一王子が頷く。
「東方を抑えるには、多国間枠組みが必要」
夜。東方帝国陣営。赤金の鷲が揺れる。女将軍イリーナは報告を聞く。
「王国が均衡会議を提案」
副官が言う。
「隣国も参加予定」
イリーナは地図を見つめる。旗の位置を、動かさないまま考えている。
「王は逃げない」
「ならば試す」
静かな声だった。
「軍は動かさない」
「だが演習は続行」
圧力は維持する。
王都。エリシアは外交案を書き上げる。
「均衡会議の議題は三つ」
「金融透明化」
「軍事演習の相互監視」
「契約条項の国際認証」
第一王子が笑う。案を読み終えるまで、彼は一度も口を挟まなかった。
「大胆だな」
「連盟の土俵を外します」
王は頷く。
「我々は包囲されている」
「ならば中心になる」
翌日。王国は正式に発表する。
『大陸均衡会議の開催』
場所は王都。参加国は隣国、西方残存一国、東方帝国。そして連盟代表も招待した。
市場がざわめく。軍が動きを止める。カイウスは報告を受け、目を細める。
「王は戦場を変える」
静かな声だった。
「面白い」
彼は立ち上がる。
「会議に出る」
議題を三つに絞ったのは、四つ目を書きかけて消したからだった。エリシアは消した一行を、別の紙に書き写して残しておく。
今回は出さない。出さないと決めた案を捨てないのは、港で覚えた癖だった。
王都に、各国の旗が集まり始める。
戦場を金融から外交へ移す回です。
相手の土俵で勝とうとしない、というのはこの国の基本方針にしています。強い相手に正面から勝てないときは、勝負の種目のほうを変える。
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