第81話 契約の証人
それは、公開という形で行われた。西方の大新聞が一斉に掲載する。
『王家血統と旧王朝契約の真実』
写しとされる古文書。王家の祖が、百年前に外資と“永続的金融保護契約”を結んだという文面だった。条件。“王位継承に際し、連盟の承認を要す”。
王都が凍る。承認を要す、の一行だけが、どの新聞にも太く組まれていた。
「……偽造か」
第一王子が低く言う。だが写本は精巧だ。署名も印章も一致している。
議会が騒然とする。真偽より先に、正統性の語が飛び交った。
「王位は正統か」
「承認なき王は無効ではないのか」
ローディア侯爵は沈黙している。だが貴族層は揺れる。
王宮。レオンハルトは古文書原本を取り寄せる。王家の地下書庫。埃をかぶった箱。そこに“契約原本”はあった。
エリシアが慎重に開く。綴じ紐は、触れただけで粉になりそうだった。
「……条項はある」
だが。彼女の指が止まる。
「続きがあります」
裏面。細かい注釈。“契約の証人が失われた場合、効力は消滅する”。
「証人とは」
第一王子が問う。ルークが読み取る。
「王家の直系ではなく、契約記録を保持する“第三者家系”」
沈黙。エリシアの呼吸が止まる。
「……第三者家系」
彼女は胸元の小さな封印を握る。亡き父から渡された古い印章だった。
「私の家系は、代々港湾記録官でした」
王家でも、王都の高位貴族でもない。だが、契約記録を保持する役目を担っていた。
「証人は……」
彼女の家だった。第一王子が目を見開く。
「ならば」
「契約は更新されていない」
「証人家系の承認がなければ無効」
ルークが震える声で言う。伏せられていたのは、条項ではなく裏面そのものだ。
「連盟はそこを伏せた」
王都。同時刻。カイウスは報告を受ける。
「証人条項が見つかった?」
わずかに眉が動く。この男が驚くのを、副官は初めて見た。
「……想定外だ」
静かな声だった。想定外、と認める速さだけは、王のそれに似ている。
「だが証人家系が現存する証拠は」
副官が言いかける。百年前の家が残っている見込みは、低いはずだった。
「ある」
カイウスは目を細める。答えは、こちらが用意した噂の中にあった。
「王妃候補だ」
王宮。エリシアは静かに言う。
「私が証人なら」
「契約は無効です」
重い沈黙が落ちた。彼女は王家の血ではない。だが継いでいるのは血統ではなく“記録の系譜”だった。王は彼女を見る。
「覚悟はあるか」
「あります」
即答だった。覚悟を訊かれたのは、この一年で何度目だろう。
「私の家は、契約を記録するだけでした」
「ですが今は」
視線が強くなる。記録する側が、初めて記録を閉じる側に回る。
「契約を終わらせます」
王はゆっくり頷く。止める理由を、彼は探さなかった。
「ならば公表する」
翌日。王国は契約原本と証人条項を公開。エリシアが公の場で宣言する。
「証人家系は契約を更新していない」
「ゆえに効力は消滅している」
広場が揺れる。血統ではなく、記録。連盟の論理が崩れる。
だが、東方帝国の軍は、さらに前進していた。
広場から戻ったエリシアの手には、父の印章がまだ握られたままだった。指の跡がつくほど、強く。
契約を終わらせます、と自分で言った。終わらせたあとに何が残るのかは、まだ考えていない。
エリシアの家は、代々の港湾記録官です。
血統ではなく記録で立つ、というのがこの人の正体です。ここまで彼女は誰かの補佐として動いてきましたが、この回だけは、彼女にしか立てない場所に立ちます。




