第80話 均衡の崩れ
西方小国三国のうち、二国が正式声明を出した。
『オルディア連盟との包括金融協定を締結』
理由は単純だった。“市場安定のため”。王国との予備協定は凍結。孤立は、現実になりつつあった。
王宮。地図は前日から広げたままになっている。
「包囲網、ほぼ完成だ」
第一王子が低く言う。地図の上で、王国の周囲に印が付く。西方二国――連盟側。隣国――様子見。東方帝国――演習拡大。
「東方の兵力は」
「国境付近に三個軍団」
軍務官の声が硬い。三個軍団という数を、彼は二度確かめてから言った。
「演習名目だが、補給線は実戦規模」
金融と軍事。同時圧力だった。ルークが静かに言う。
「連盟は東方にも資金を流しています」
「軍事増強の裏に金融支援」
エリシアが地図を見つめる。挟み込む形の印が、きれいに揃っている。
「王国を挟み込む形」
「戦争を起こさず、従属させる」
沈黙。レオンハルトは言う。
「均衡を崩すな」
「崩せば連鎖する」
第一王子が頷く。崩すな、という指示だけで、次の手順が読めている。
「東方へ使節を送る」
「軍事対話を開始」
「西方残り一国には直接交渉」
役割分担は明確だった。だが時間がない。
その夜。東方帝国陣営。赤金の鷲の旗が揺れる。女将軍イリーナが報告を受ける。
「王国は加盟拒否」
「連盟は支援継続」
彼女は地図を見つめる。線を一つ引き、すぐに消した。
「王は若い」
「だが愚かではない」
副官が問う。旗の前に立ったまま、返事を待っている。
「侵攻準備を進めますか」
「まだだ」
静かな声だった。まだ、という語には期限が含まれている。
「市場が先だ」
軍は圧力。本命は経済だった。
王都。エリシアはルークと向き合っていた。
「連盟の次の段階は」
「信用凍結」
即答だった。想定はとうに済んでいる、という速さだった。
「王国銀行の国際決済停止」
それが起きれば、貿易は止まる。ルークの顔色は悪い。
「私は……」
言葉が詰まる。私は、の先を言うのに、これほど時間がかかる男ではなかった。
「連盟を甘く見ていた」
「安定を売る存在だと思っていた」
「だが違う」
静かな声だった。売る、と支配するの差を、彼はいま身をもって数えている。
「支配だ」
エリシアは頷く。責める言葉は、もう必要なかった。
「あなたは今、どちらに立ちますか」
沈黙。長い。やがてルークは顔を上げる。
「王に立つ」
迷いはまだある。だが選んだ。
翌日。王は新たな布告を出す。
『王国中央銀行の独立強化』
『外貨準備の再配分』
『国際決済網の代替ルート構築』
攻勢だった。市場は再びざわつく。カイウスは報告を受け、目を細める。
「王は逃げない」
「ならば」
机に一枚の書類を置く。“王家血統と契約の条項”。
「最後の均衡を崩す」
静かな宣告だった。大陸の均衡は揺れている。まだ戦争は起きていない。だが、王国は、確実に中心に立たされていた。
ルークが選びます。
迷いが消えたわけではありません。迷ったまま選ぶ、という形にしました。迷いが消えてから選ぶ人は、たぶん現実にはあまりいないので。
彼の選択に頷いていただけたなら、ブックマークをいただけると、彼を書き続ける支えになります。




