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婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


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第79話 旧王朝の影

 噂は、ゆっくりと広がった。


「現王家は旧王朝と密約を結んでいた」


「港湾優遇は百年前の契約の延長だ」


 最初は酒場の囁き。次に商会の会話。やがて新聞に小さく載る。


『王家と大陸金融勢力の歴史的関係』


 証拠は曖昧だった。だが巧妙だ。


 王宮。


「出所は」


 第一王子が問う。噂の中身より、経路のほうを先に訊いた。


「西方印刷所経由」


 ルークが答える。追える範囲は、もう追い終えていた。


「資金は匿名」


 だが流れは見える。


「連盟だな」


 レオンハルトは静かに言う。名を出しても、証拠にはならないと知っている。エリシアが資料を広げる。


「旧王朝時代、港湾特権を認める代わりに外資が戦費を支援」


 事実だった。だが背景は違う。


「戦争回避のための暫定契約」


「恒久ではない」


 第一王子が低く言う。暫定と恒久の差は、条文を読む者にしか見えない。


「だが民は細部を読まない」


 印象が全てだった。同時に、別の噂が流れ始める。


「王妃候補は平民出身」


「王家の血統は弱まる」


 エリシアの名が暗に示される。政治と個人を絡める攻撃だった。


 夜。カイウスは書斎で報告を受ける。


「王は反応薄い」


「ならば周囲を揺らせ」


 机に古い写本を置く。“旧王朝条約原本の一部”。どこから出てきたのかは、誰も問わない。


「正統性は感情だ」


 静かな声だった。感情は数字より速く動く、と彼は知っている。


 王宮。エリシアは一人、古文書を読み込んでいた。


「……ここだ」


 百年前の条文。注釈。付随条件。写しの余白に、当時の書記の書き込みが残っていた。


「条約は暫定五十年」


「更新は議会承認が必要」


 つまり、王家単独の密約ではない。レオンハルトが入ってくる。


「噂は見た」


「はい」


 短い会話だった。


「私の出自も利用されるでしょう」


 静かな声で言う。噂は事実の形を借りるが、事実そのものではない。


「揺らぐか」


「揺らぎません」


 即答した。だが、胸の奥は静かに疼く。彼女は王家の血ではない。地方の伯爵家の娘にすぎない。その一点を、武器として使われている。


「ならば前に出る」


 レオンハルトが言う。前に出る、という選択は、噂には最も効きにくい。


「隠さない」


 翌日。王は緊急声明を出す。


「旧王朝条約は暫定契約であった」


「現王家は更新していない」


 証拠を公開する。条文の写しは、議会の記録庫にも同じものが残っている。さらに。


「王妃候補の出自は問題ではない」


「王国は血統ではなく能力で支える」


 広場がざわめく。貴族層は揺れる。だが若い商人たちは頷く。


 ローディア侯爵は静かに言う。血統の話に乗らなかったことを、彼は評価している。


「……強い」


 王は逃げない。連盟の攻撃は露骨になった。だが逆に輪郭が見え始める。


 夜。ルークは再び計算書を見る。


「金融」

「市場」

「歴史」

「正統性」


 連盟は多層構造だ。


「……これは戦争だ」


 剣のない戦争だった。


 エリシアは古文書の余白に残った書記の書き込みを、指でなぞった。暫定五十年。更新には議会承認。二行とも、本文より薄い墨で書かれている。


 薄い墨のほうが、いま王国を守っている。そのことを、まだ誰にも言っていない。

百年前の旧王朝条約が出てきます。


この条約は、ここでは正統性を揺らす攻撃の材料としてだけ使われています。ただ、条文の本体ではなく、その周りに何が残っているかは、まだ誰も調べていません。いつか誰かが掘る場所として置いてあります。

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