第78話 包囲網
議会の翌朝。王国債は再び揺れた。だが今回は暴落ではない。じわじわと下がる。
信用格付け機関が声明を出す。名指しの非難は一行も無い、丁寧な文面だった。
『王国は金融監査制度を強化予定』
『制度移行期の不透明性を懸念』
中立的な文面だった。だが市場には十分だ。
同時に。西方小国三国のうち一国が、予備協定凍結を発表。理由は――
「国内世論の不安」
偶然ではない。凍結の報せは、格付け声明の半日後に届いている。
王宮。朝の報告は、いつもより三十分早く始まった。
「連盟が動いたな」
第一王子が低く言う。ルークは資料を広げる。
「西方連合内部でも圧力がかかっています」
「王国との連携は“高リスク”と評価された」
エリシアが眉を寄せる。評価、という語で人を動かす手口だった。
「王国を孤立させる戦術」
レオンハルトは静かに言う。孤立させる、という語を、彼女は言い換えなかった。
「軍は不要」
「経済で包囲する」
沈黙。その時、報告が入る。
「東方帝国が国境演習を拡大」
全員が顔を上げる。軍事と金融。同時圧力だった。
「偶然ではない」
第一王子の声が硬くなる。金融と軍事が同じ日に動くのを、偶然とは呼べない。
夜。王都外縁の高級宿。カイウスが西方連合の使節と向かい合う。
「王国は理想に酔っている」
「加盟すれば安定は保証される」
使節は不安げだった。断りに来たのか、口実を貰いに来たのか分からない顔だ。
「だが王は拒否した」
「それは彼の選択」
カイウスは微笑む。責める言い方を、この男は決してしない。
「あなた方は合理を選べば良い」
静かな取引だった。合理という語を渡せば、あとは相手が自分で決める。
王宮。エリシアは地図を広げていた。
「西方三国のうち、二国はまだ揺れている」
「直接使節を送ります」
第一王子が頷く。使節を送る、という判断に異論は無かった。
「私が行こう」
「いや」
レオンハルトが言う。兄を外へ出せば、国内の火は誰も消せない。
「兄上は国内安定」
「私は東方へ書簡を出す」
役割分担。国家としての動きだった。ルークは静かに言う。
「時間がありません」
「市場は待たない」
レオンハルトは彼を見る。
「ならば我々も待たない」
その目は揺れない。待たない、と決めた時点で、選べる手は限られる。
翌日。王国は新たな政策を発表する。
・王国主導の共同準備基金創設
・西方中小国家への無担保融資枠
・透明財政公開制度
攻勢だった。市場は一瞬戸惑う。連盟の想定より早い。
カイウスは書簡を受け取り、小さく笑う。想定より早い、という一点だけを面白がっている。
「……面白い」
「ならば次だ」
机に新たな資料を置く。“王家血統と旧王朝条約”。金融だけではない。歴史を掘り起こす。王国の正統性を揺らす。
王都の空は重い。
地図の上では、王国の周りに印が増えていく。エリシアはその外側に、まだ印のない小国を二つ書き足した。
書き足してから、これは希望なのか、それとも数え落としなのかを、自分に問い直している。
包囲されたので、中心になる。
言葉にすると単純ですが、実務でこれをやると、守りの手を全部攻めに振り替えることになります。失敗したら一番早く沈みます。
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