第66話 決断
正午の鐘が鳴り終わる。最後の余韻が消えた瞬間、評議の間は完全な静寂に包まれた。
国王がゆっくりと立ち上がる。その一挙手一投足に、国家の重みが乗る。
「第一王子」
「第二王子」
「両者の主張は明確だ」
低く、揺るがぬ声だった。両者の主張、と並べた時点で、優劣は付けていない。
「安定を優先するか」
「未来を優先するか」
視線が代表席へ向く。数えるためではなく、確かめるための視線だった。
「評議は多数決ではない」
「だが意志の集積は重い」
国王は一枚の書状を手に取る。それは、各代表の最終意見書だった。沈黙が続く。
レオンハルトは微動だにしない。第一王子もまた、静かに待つ。
「結論を告げる」
重い言葉だった。告げる、と王は言った。諮る、ではなかった。
「王位継承者は」
一瞬、空気が止まる。名を呼ぶまでの間が、鐘の一打ぶんあった。
「第二王子、レオンハルト」
時間が凍る。次の瞬間、室内がざわめきに包まれる。
僅差だった。貴族の一部、軍の一部が最後に未来を選んだ。ヴィオラの支持が決定打となった。
第一王子は、目を閉じる。だが崩れない。
「続けて告げる」
国王の声が響く。王位のあとに、方針を続けて置いた。
「港湾改革は凍結しない」
「ただし、即時再協議を開始する」
「軍は防衛線を維持」
「開戦は避ける」
未来と現実の折衷だった。王としての最初の指針が、そこで示された。
レオンハルトは一歩前に出る。踏み出す音が、静まった間によく響いた。
「謹んで拝命いたします」
低く、強い声だった。その視線は揺れない。第一王子と目が合う。数秒。兄は静かに歩み寄る。
「弟よ」
周囲が息を呑む。弟よ、という呼びかけを、この場の全員が聞いた。
「私は安定を守る」
低い声だった。守る、という語を、兄は自分の側にも残した。
「お前は未来を守れ」
レオンハルトの目がわずかに揺れる。
「兄上」
「国を頼む」
差し出された手。握る。それは敗北の握手ではない。役割の交代であり、国家の継続だった。評議の間に、空気が変わる。
外。国境。隣国軍陣営。セルヴァンが報告を受ける。
「第二王子が選ばれた」
わずかに眉が動く。選ばれた名のほうは、想定の内だったらしい。
「凍結せず」
沈黙。そして小さく笑う。
「面白い」
「退くか」
副官が問う。退くか、という一語だけで済ませた。
「開戦は本意ではない」
セルヴァンは地図を見る。旗の位置を、指で一つ戻した。
「脅しは通らなかった」
「だが彼は賭けに出た」
視線が遠くを見る。
「次は本当の交渉だ」
王都。評議が終わり、人々がざわめきながら散っていく。エリシアは静かに立っていた。距離はまだある。公の場だ。
レオンハルトは視線を向ける。一瞬だけ。言葉はない。だが、未来を選んだ。恐怖ではなく。
王は決まった。
散会のあと、エリシアは一度だけ玉座の間を振り返った。兄と弟が握手をした位置に、まだ二人ぶんの影が残っている気がする。
あの一瞬、王がこちらを見た理由を、訊く相手はもういない。訊けるとしたら本人だけで、本人には訊けない。
王が決まりました。
多数決ではない、と国王に言わせています。評議は数を数える場ではなく、誰が責任を引き受けると言ったかを確かめる場だ、という前提でこの国を作っています。
ここは静かに置きたい回なので、今回はお願いごとを書きません。




