第65話 王を決める
評議の間は、異様な静けさに包まれていた。高窓から差す光が、長い影を落とす。
中央に国王。左右に第一王子と第二王子。その背後に、それぞれの支持派。貴族代表、商会代表、軍代表。国家の重心が、ここに集まっている。
正午まで、あとわずか。隣国の最後通告の期限だった。
国王がゆっくりと立ち上がる。立ち上がるだけで、部屋の音が消えた。
「本日の議題は一つ」
低く、重い声だった。議題は一つ、という言い方で、退路を断っている。
「王を決める」
空気が凍る。決める、という語が、これほど短く響いたことはない。
「王位は形式ではない」
「国家の進路を定めるものだ」
視線が二人に向く。進路、という語で、王は今日の争点を定めた。
「第一王子、意見を述べよ」
第一王子は静かに前へ出る。揺れない足取りだった。
「民は不安の中にいる」
落ち着いた声だった。不安という語から入るのが、この人の順序だ。
「制裁、軍集結、避難」
「この状況で必要なのは安心だ」
理路整然としている。必要なのは安心だ、と言われて頷かない席は少ない。
「港湾改革を一時凍結する」
「制裁解除を引き出す」
「軍を撤退させる」
明確だった。手順は三つ。どれも実務として通る。
「国家が存続してこそ、未来は語れる」
室内に頷きが広がる。存続、という語には誰も反論できない。
「戦争を回避する」
「それが王の責務だ」
言葉は強く、迷いがない。責務、と言い切れる立場に彼はいる。
「恐怖に屈するのではない」
「時間を買うのだ」
視線がレオンハルトに向く。買う、という言い方に、迷いは無かった。
「弟よ」
「理想は尊い」
「だが今は、命を守る時だ」
静寂。国王が頷く。
「第二王子」
レオンハルトが一歩前へ出る。空気が変わる。
「恐怖は現実だ」
低く、落ち着いた声だった。否定から入らないところは、兄と同じだ。
「だが恐怖に基づく選択は、未来を縛る」
室内の視線が集まる。恐怖は現実だ、と先に認めたことが効いている。
「港湾改革は腐敗を正すためのものだ」
「それを圧力で撤回すれば」
「次も圧力が来る」
重い沈黙が落ちた。次も来る、という一行だけが部屋に残る。
「主権は削られる」
「徐々に」
「気づかぬうちに」
軍代表の一人が眉をひそめる。削られる、という語は軍の言葉でもある。
「戦争になれば意味がない」
第一王子が言う。意味がない、という一語で切り返してきた。
「ならぬようにする」
レオンハルトは即答する。
「新同盟を模索」
「代替貿易路を確保」
「圧力を分散」
視線が鋭くなる。案の数は、兄と同じ三つだった。
「恐怖に従えば、次世代に従属を残す」
「私はそれを選ばない」
室内が張り詰める。次世代、という語を出したのは彼が初めてだった。
「私は未来を選ぶ」
短い言葉だった。だが重い。
「戦争は避ける」
「だが脅しには屈しない」
国王が目を閉じる。時間が迫る。外では鐘の準備が進んでいる。
「代表の意見を述べよ」
国王の命だった。貴族代表が立つ。
「安定を重視すべき」
商会代表。
「制裁は深刻だ」
軍代表。
「開戦は避けたい」
空気は第一王子寄りに見える。その時。ヴィオラが静かに立つ。
「恐怖は、常に正しさの仮面を被る」
室内が静まる。仮面、という語を、この人は初めて使った。
「だが恐怖を前例にしてはならない」
視線がレオンハルトへ移る。前例、という語で、話は今日の先へ延びた。
「未来を選ぶ覚悟があるか」
「ある」
即答だった。正午の鐘が鳴り始める。重く、ゆっくりと。
国王が立ち上がる。
「最終決定を下す」
全員が息を呑む。王国の未来が、いま決まる。
ヴィオラがなぜ中立でいたのか、その理由をここで一度だけ話します。
そのためだけに、第四十九話で一度だけ顔を出させて、あとは議場の隅に置いたままにしていました。長く黙っている人には、黙っていた分の台詞を用意しておきたいので。




