第59話 制裁関税
制裁関税発動の報せは、朝議の最中に届いた。
「隣国より正式通達」
文官の声が硬い。読み上げる前から、内容が顔に出ていた。
「港湾契約違反を理由に、我が国輸出品に対し三割の追加関税を課す」
室内が静まり返る。三割。事実上の経済制裁だった。
「発効は即日」
ざわめきが広がる。第一王子は眉一つ動かさない。
「想定内だ」
低い声だった。想定内、と言えるだけの読みを持っている。
「改革を強行すれば、反発は来る」
視線が第二王子へ向く。責める形にしないほうが、この場では効く。
「これが現実だ」
責める口調ではない。事実を示すだけだった。
レオンハルトは静かに書状を受け取る。条文を読み、目を細める。
「契約違反の根拠は」
「港湾使用優遇措置の一部停止」
文官が答える。エリシアが口を開く。
「優遇措置は不正利権でした」
「相手はそう見ない」
第一王子が即座に返す。不正だったかどうかは、相手の帳簿には書かれない。
「契約は契約だ」
正論だった。経済は理屈で動く。だが感情でも揺れる。
「影響は」
国王が問う。影響、という一語で、卓の全員が別々の数字を思い浮かべた。
「主要輸出品の価格下落」
「商会損失増大」
「地方経済への波及」
矢継ぎ早の報告だった。王都の空気が重くなる。
「民は」
第一王子が続ける。民、という語を、彼はいつも最後に置く。
「不安を覚えるだろう」
静かな声だった。不安、という語だけで、議場の半分が頷いている。
「改革は痛みを伴う。だが戦争はさらに大きな痛みを伴う」
言外に含まれる意味がある。譲歩か、対抗か。
レオンハルトはゆっくりと顔を上げる。譲歩か対抗か、という二択には乗らなかった。
「軍の動きは」
「国境沿いに兵站集結」
別の文官が答える。地図の上では、街道の合流点に印が二つ増えていた。
「演習名目」
だが意図は明白だった。威圧だ。室内に、重い沈黙が落ちる。
「隣国宰相が来訪を希望」
さらに報告が続く。来訪の希望は、制裁の通達と同じ封で届いていた。
「三日後」
第一王子が小さく息を吐く。圧力と交渉を同じ手で回すのは、彼の得意な形でもある。
「圧力を最大化してから交渉、か」
エリシアは書状の末尾を見る。条文は八項までしかない。
「条文第八項」
小さく呟く。読み上げる声は、部屋の誰にも届かない大きさだった。
「“契約の再協議は双方の合意により可能”」
視線が動く。制裁の条文の末尾に、逃げ道が書き添えてある。
「再協議の余地はあります」
レオンハルトの目がわずかに変わる。圧力の意味が、そこで組み替わった。
「つまり」
「制裁は圧力」
エリシアが言う。即日発効にしたのは、考える時間を与えないためだ。
「本命は再交渉」
第一王子が口を開く。読み筋そのものには、異論が無い顔だった。
「再交渉の代償は高い」
「改革凍結」
「外交譲歩」
そして。
「王位の安定」
視線が交錯する。王族会議は、もはや王位決定戦の延長線上にある。国王が静かに言う。
「三日後の会談までに、方針を決めよ」
木槌が鳴る。解散。
廊下。空気は重い。
「痛みは来ました」
エリシアが静かに言う。数字の痛みは、いつも遅れて人の顔に出る。
「ええ」
レオンハルトは頷く。痛み、という語を、彼女はそのまま使った。
「恐怖が、揺さぶりに来た」
「第一王子殿下は凍結案を出すでしょう」
「当然だ」
合理的だった。民は安定を求める。
「殿下は」
エリシアが問いかける。数秒の沈黙が落ちた。
「凍結はしない」
低く、確かに言う。凍結、という語を、彼は口に出すことすら避けた。
「恐怖に屈すれば、次は主権を求められる」
視線がまっすぐ向く。主権、という語を出した時点で、答えは決まっている。
「だが」
ほんのわずかに声が落ちる。だが、の先を言うのに、間が必要だった。
「民を不安に晒す」
そこが痛点だった。エリシアは一歩近づく。
「選ぶのは、恐怖か未来か」
静かな言葉だった。レオンハルトは小さく笑う。
「難しい二択だ」
「第三の道を作ります」
迷いのない声だった。まだ案はない。それでも先に言い切った。彼の目が柔らぐ。
「あなたがいる限り」
低く。
「可能性はある」
遠くで鐘が鳴る。制裁関税は、まだ数字の話だ。だが、三日後の会談次第で、国の未来が決まる。
自室に戻ってから、エリシアは条文の写しをもう一度開いた。第八項の位置に、爪で薄く跡をつける。
再協議の余地はあります、と言い切ってしまった。言い切ったぶんの根拠を、明日までに揃えなければならない。
第七章、開幕。
三割の追加関税。数字にすると一行ですが、これは地方の税収と、商会の雇用と、卓の上のパンの話です。
「第三の道を作ります」とエリシアは言いますが、この時点で案はありません。先に言い切ってから探しに行く人として書いています。無責任に見えるとしたら、たぶんそのとおりです。
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