第58話 中立の決断
王族会議は、これまでで最も静かだった。市場凍結命令書の公開から一日。王都は混乱よりも、様子見へと移っている。
第一王子は、ヘインズを財務局顧問から解任した。
「独断による越権」として。
迅速な処分だった。それは安定を守るための判断でもある。処断の速さが、そのまま距離の取り方に見えた。だが傷は残る。
国王が視線を巡らせる。中立派、という語を出すまでに、間を一つ置いた。
「本日は、中立派の意向を聞く」
重い言葉だった。室内の空気が張り詰める。
ヴィオラ・レインハートが立ち上がる。黒のドレス。揺れない視線。
「中立派はこれまで、静観を貫いてきました」
静かな声が響く。誰にも遮らせない速度で話す人だった。
「第一王子は安定を重んじる」
視線が向く。褒めても貶してもいない、値札を読むような目だった。
「第二王子は改革を掲げる」
次に向く。同じ長さだけ、同じ距離から。
「どちらも王の資質を持つ」
ざわめきが起きる。どちらも、と並べた時点で結論が読めない。
「だが」
扇がゆっくり閉じられる。閉じる音で、ざわめきが止まった。
「暴動の日、私は見た」
全員の視線が集まる。
「炎の中へ入った姿を」
沈黙が落ちた。見た、という一語を、この人は証言のように使う。
「それは理想ではなく、覚悟だった」
はっきりと言う。理想と覚悟を、彼女は明確に別の語として扱った。
「市場凍結命令書の公表も同様」
「兄を糾弾せず、不正のみを断じた」
空気が重い。糾弾しなかったことが、いま評価に変わっている。
「情に溺れていない」
「だが情を否定もしない」
ヴィオラの視線がレオンハルトに定まる。否定しない、という評は、賛辞より重い。
「王は孤独だ」
低い声だった。
「だが孤独に酔う王は危うい」
数秒の沈黙が落ちた。
「中立派は」
ゆっくりと告げる。中立派は、と主語を置いた時点で、部屋の全員が息を止めた。
「第二王子を支持する」
室内がざわめきに包まれる。勢力図が、明確に傾く。第一王子は静かにその言葉を受け止める。怒りは見せない。
「理由は理解した」
低い声。
「安定よりも未来を選んだか」
「安定なき未来は空論」
ヴィオラは答える。安定という語を、この人は今日いちばん多く使った。
「未来なき安定もまた、衰退」
鋭い応酬だった。だが敵意はない。国王がゆっくりと頷く。
「勢力は動いた」
静かな宣言だった。
「だが争いは続く」
会議は散会。廊下。空気が変わっている。視線が、明確にレオンハルトへ向く。支持。期待。覚悟。
「殿下」
エリシアが小さく言う。
「潮目が変わりました」
「ええ」
彼は静かに頷く。喜ぶ顔をしないところは、いつもと同じだった。
「だがこれは始まりだ」
視線が絡む。
「後悔はないか」
「ありません」
迷いなく。ヴィオラが二人に歩み寄る。
「覚悟は見せてもらった」
低い声だった。見せてもらった、と過去形で言われる重さがある。
「次は、国家規模で示しなさい」
「必ず」
レオンハルトが答える。必ず、の一語だけで済ませた。ヴィオラは、ほんのわずかに微笑む。
「感情は否定しないと言ったわね」
エリシアを見る。応接室での問答を、この人は忘れていない。
「その覚悟も、見届ける」
去っていく。王都の空は晴れ始めていた。
中立派が動いた、という一行を、エリシアは議事録の余白に書き留めた。書き留めてから、日付も入れる。いつ動いたかが、あとで効く。
そう教わったわけではない。港で覚えた。
第六章は、政治的には第二王子優勢で幕を閉じる。だが、第一王子は、まだ退いていない。
ヴィオラは、正しさで動く人ではありません。覚悟が本物かどうかだけを見ています。
中立派というのは、どちらにも付かない人たちのことではなく、条件が揃うまで札を伏せている人たちのことだと思って書いています。




