第57話 暴動の真実
暴動の翌朝。王都は、異様な静けさに包まれていた。焦げ跡は残り、壊れた荷車が道端に転がっている。
だが略奪は広がらなかった。炎は止まった。それが意味するものは大きい。壊した側が、途中で手を止めたということだ。
王宮執務室。夜通し灯りが点いていたことは、机の上を見れば分かった。
「市場凍結の詳細、洗い出しました」
カイルが書類を並べる。並べ方が、時刻順になっている。誰が最初に動いたかを、紙のほうに語らせる並べ方だった。
「信用枠凍結は三商会から同時申請」
「申請時刻は」
「ほぼ同時刻。署名は同一筆跡の疑い」
エリシアが目を細める。三通を重ねると、払いの角度まで揃っていた。
「偽装ですね」
「ええ」
「資金流入元は」
「ここです」
赤く囲まれた名があった。ガルド・ヘインズ。財務局上席顧問の欄に、同じ字が三度。
「裏資金口座を経由し、投機筋へ流れている」
「価格を吊り上げるためか」
レオンハルトの声は冷静だった。怒りは、今は抑えられている。
「暴動を誘発し」
「第一王子の統制策を正当化」
エリシアが続ける。順序を口に出すと、設計の意図がはっきりする。
「市場は安定を求め、統制に従う」
「そして私は理想家として失点する」
沈黙が落ちた。失点する、と彼が自分で言葉にしたのは初めてだった。
「証拠は揃うか」
「あと一つ」
エリシアは言う。あと一つ、の中身は昨夜のうちに決めてあった。
「凍結命令の原本」
「財務局内部にある」
「取りに行きます」
即答だった。取りに行く、という語しか出てこなかった。
「危険だ」
「もう遅い」
視線が揺れない。危険でなかった日など、この十日で一日も無い。
「ここで止まれば、暴動は“改革の失敗”として記録されます」
レオンハルトは数秒沈黙する。そして頷く。
「私も行く」
「殿下は」
「私の戦いだ」
財務局。重い扉。書類庫。埃の匂い。灯りは一つしか点かず、棚の上のほうは影に沈んでいる。エリシアが棚を確認する。
「凍結命令書番号……ここ」
引き出す。署名。押印。形式は整っている。だが。
「……これは」
「どうした」
「第一王子名ではありません」
署名は、ヘインズ単独だった。二人目の欄が、白いまま残っている。
「王族承認なし」
レオンハルトの目が鋭くなる。承認なし、という一語の意味を、彼は即座に量った。
「独断」
「もしくは」
エリシアが低く言う。独断と切り捨ては、外から見れば同じ形をしている。
「切り捨て前提の駒」
沈黙。ヘインズは第一王子の側近だ。だがこの署名は、王族の正式命令ではない。
「兄上は」
レオンハルトが呟く。兄上、と口にしてから、その先を続けなかった。
「知っているか、いないか」
「それを証明する必要はありません」
エリシアが言う。証明しようとした瞬間、話は憶測へ落ちる。
「今重要なのは」
書類を掲げる。
「市場操作が意図的だったという事実」
その時。扉の向こうで足音がした。隠す気配の無い、ゆっくりとした歩き方だった。ヴィオラが現れる。
「予想通り、ここにいたわね」
静かな声だった。
「女公爵」
レオンハルトが軽く頭を下げる。ヴィオラは書類を見る。
「凍結命令の原本かしら」
「ご覧になりますか」
エリシアが差し出す。数秒の沈黙。ヴィオラの目が動く。
「独断ね」
扇を閉じる。
「第一王子の署名がない」
「はい」
「つまりこれは」
視線が二人を見据える。
「改革失敗ではなく、妨害」
重い言葉だった。
「どう動く」
ヴィオラが問う。試している。レオンハルトは迷わない。
「公表する」
「第一王子を追い詰める?」
「違う」
低く。
「不正を追い詰める」
視線が揺れない。
「王位争いを、泥沼にしない」
ヴィオラの目が、わずかに変わる。
「……情ではないのね」
「情もある」
正直に言う。隠せば、この人はそこを突いてくる。
「だが選ぶのは国だ」
沈黙。ヴィオラはゆっくりと頷く。
「面白い」
小さく笑う。
「覚悟は本物らしい」
踵を返す。
「中立派は、近く決断する」
それは予告だった。近く、という語を、この人は日付の代わりに使う。王都の勢力図が、揺れ始める。
夕刻。王族会議。市場凍結命令書が公開される。ざわめき。第一王子の表情が、初めてわずかに変わる。ヘインズの名が読み上げられる。
「独断だと?」
第一王子の低い声。
「承認記録はありません」
事実だった。空気が変わる。
暴動は改革の失敗ではない。妨害だった。第二王子の支持が、静かに戻る。そして、中立派の視線が、決まろうとしている。
凍結命令書に第一王子の署名が無い、というのがこの回の芯です。
不正の証明で難しいのは、悪意を示すことではなく、権限の線がどこで切れているかを示すことのほうです。エリシアが取りに行ったのは証拠ではなく、署名欄でした。




