第49話 外交圧力
港湾再設計は、王国内で完結する話ではなかった。外国商会から正式な抗議文が届いたのは、王位宣言から三日後のことだった。
「関税透明化は既存契約への干渉に当たる」
読み上げる文官の声は硬い。抗議文は三通あり、文面がよく似ていた。
「王国は安定した交易相手であるべきだ」
王族会議の空気が重く沈む。第一王子がゆっくりと口を開いた。
「外交とは信頼だ」
穏やかな声だった。準備された一行であることは、間の取り方で分かる。
「突然の制度変更は、信頼を損なう」
視線が第二王子へ向く。外交の話から始めて、着地は弟の資質に置く。
「弟は理想を優先し、国益を危険に晒した」
ざわめき。エリシアは一歩も動かない。
「関税の透明化は正当な改革です」
第二王子が静かに言う。抗議文の写しは、昨夜のうちに三通とも読んである。
「不正を前提とした契約は、信頼とは呼べない」
「だが市場は混乱している」
第一王子が返す。混乱、という語には反証を出しにくい。
「商人は不安を抱き、価格は揺れている」
事実だった。港湾再設計は正しい。だが波は広がる。
「安定を取るか、改革を取るか」
第一王子の声は低い。安定と改革を並べれば、選ばれるのはたいてい前者だ。
「王は選ばねばならない」
明確な対立だった。その時、会議室の扉が開く。侍従が告げる。
「レインハート公爵閣下、来訪」
ざわめきが走る。中立最大派閥の当主。女公爵ヴィオラ・レインハート。黒いドレスに銀の刺繍。扇を手に、ゆっくりと歩み入る。視線は冷静で、誰にも媚びない。
「遅れて失礼」
声は静かだが、通る。遅れて来ることまで含めて、この人の作法だった。
「中立派として、状況を確認したい」
国王が頷く。中立派の当主を、この場で止める理由は誰にも無い。
「発言を許す」
ヴィオラは、第二王子を見る。値踏みではなく、帳簿を読むような目だった。
「港湾改革。理想は理解する」
次に第一王子へ視線を移す。同じ長さだけ、同じ距離から見た。
「外交安定の必要も理解する」
そして。
「だが私は、感情で動く王を支持しない」
空気が凍る。視線がレオンハルトに集まる。
「補佐官との関係が噂になっている」
直球だった。エリシアの呼吸がわずかに揺れる。
「王位争いの最中に情を優先するなら、支持はできない」
静かな刃だった。レオンハルトは動じない。
「情で動いているわけではない」
「では何で動く」
「覚悟だ」
短い言葉だった。覚悟、という語を、彼は続けて二度置いた。
「王になる覚悟」
ヴィオラの扇が止まる。止まった扇のほうが、言葉より大きい。
「覚悟は、言葉では証明できない」
「行動で示す」
視線が交わる。火花のない、だが激しい心理戦だった。
「……興味深い」
ヴィオラは小さく笑う。笑ってから、扇をゆっくり開き直した。
「見極めましょう」
それだけ言い、席に着く。会議は続く。だが空気は変わった。王位争いは、外交を巻き込んだ。そして中立派が動き始めた。
夜。王宮外。暗い路地。
「標的は補佐官だ」
低い声だった。闇の中で男が頷く。顔は見えない。
「命までは不要。恐怖を植え付けろ」
冷たい指示だった。遠くで鐘が鳴る。
王都は静かだ。だがその裏で、刃が研がれている。
会議のあと、エリシアは抗議文の写しを三通、机に並べ直した。書き出しの一文が、三通とも同じ語で始まっている。
偶然ではない、と紙の端に書き足す。書き足してから、これを誰に見せるかを決めかねた。
第六章、本格始動。




