第48話 隣に立つ
王位争いの宣言から一夜。王宮は静かだった。だがその静けさは、嵐の前のものだ。
支持を表明する家門。慎重姿勢に転じる家門。第一王子派の再編。歯車は、止まらない。
夜更け。執務室の灯りはまだ消えていない。エリシアは、提出書類を整理していた。手を動かしていないと、昼間の宣言が何度も戻ってくる。
ノックの音がした。二度、間を空けて二度。この人の叩き方だ。
「入っても?」
低い声だった。名乗らずに訊いてくる人は、この王宮に一人しかいない。
「どうぞ」
レオンハルトが入室する。昼間の緊張は消えている。だが空気は、以前と違う。
「疲れているか」
「問題ありません」
淡い微笑み。彼は机の向かいではなく、横に立つ。いつもの距離だった。だが、今日だけは意味が違う。
「宣言は、重い」
静かな声だった。重い、と自分から言うのは珍しい。
「ええ」
「あなたは」
一瞬、言葉を選ぶ。選ぶ時間の長さが、そのまま問いの重さだった。
「後悔していないか」
「していません」
即答した。考えるまでもない、という速さで返したかった。
「王位を争う殿下の隣に立つと決めました」
沈黙。
「王妃になる覚悟ではありません」
はっきりと言う。曖昧にすれば、噂のほうが答えを決めてしまう。
「補佐官として、支える覚悟です」
視線が絡む。支える、という語で止めたことを、彼は正確に受け取った。
「それで十分だ」
低い声だった。落胆の色は、どこにも無い。
「王妃という地位は、制度だ」
わずかに微笑む。制度、という語をこの人が笑って使うのを、初めて見た。
「隣に立つのは、意志だ」
胸が熱くなる。地位ではないほうを、この人は名指しで選んだ。
「殿下」
「王位は孤独だと言った」
「はい」
「だが」
少しだけ、声が柔らぐ。孤独だと言った翌日に、その続きを言いに来たのだ。
「あなたがいると、孤独ではない」
静かな告白未満だった。言葉は足りない。だが、意味は十分だ。
「私も」
エリシアは小さく言う。返す言葉を、初めて自分から探した。
「一人では、ここまで来られませんでした」
夜の灯りが揺れる。距離が、わずかに縮まる。触れない。触れないまま。
「噂は止まらない」
彼が言う。止まらないものを、止まらないまま抱えていく話だった。
「公然と語られるだろう」
「承知しています」
「それでも」
視線が真っ直ぐに向く。同じ問いを、この十日で三度訊かれている。
「退かないか」
「退きません」
迷いなく。沈黙。その沈黙は、心地よい。
「ならば」
彼は静かに言う。ならば、の先を、今度はためらわなかった。
「共に進む」
「はい」
言葉は短い。だが重い。
王宮の外では、風が強くなっている。王位争いは始まった。制度と理想。安定と変革。兄弟の対立。そして、その中心に、並び立つ二人。
恋と呼ぶには、まだ足りない。だが、守りたいという感情は、もう否定できない。触れない距離のまま、二人は同じ方向を見ていた。
第五章、終。
第五章の終わりです。
王位争いが始まり、二人は同じ方向を見ている。ただし、まだ恋と呼べる形にはしていません。守りたいという感情は否定できないけれど、それを名前で呼ぶ場面はここには置かない、と決めていました。
章の区切りなので、今日はお願いごとを書きません。




