第47話 宣言
王族会議は、異様な静けさに包まれていた。第三者監査の中間報告が提出される日。
港湾密輸の証拠は――概ね事実。完全な断罪には至らないが、捏造の可能性は否定された。室内の空気が、微妙に変わる。第一王子の側近が一歩退く。若手貴族の視線が揺れる。
「補佐官への疑念は撤回されるべきです」
レオンハルトの声は、静かだった。だがはっきりと響く。第一王子はゆっくりと立ち上がる。
「証拠の一部は有効と認めよう」
冷静な声だった。認める範囲を、あらかじめ切ってある。
「だが問題はそこではない」
視線が交わる。そこではない、と言われた時点で、争点はまた移った。
「弟よ」
「兄上」
「港での判断は、王命との衝突を生んだ」
正論だった。衝突を生んだ、という事実だけは、否定のしようがない。
「制度と衝突する理想は、国を揺らす」
「制度が揺らいでいた」
即答。空気が張り詰める。
「ならば修正は王の役目だ」
「王が見落とすこともある」
沈黙。第一王子の目が細まる。
「お前は、王を目指すのか」
核心だった。ざわめきが走る。この問いは、公然とした挑発でもある。
レオンハルトは、ほんの一瞬だけ目を閉じる。港での選択。王宮での衝突。エリシアの言葉。
――隣に立つ。
ゆっくりと、目を開く。閉じていたのは、ほんの一呼吸ぶんだった。
「はい」
短い返答。室内が凍る。
「私は」
静かに、だが揺るがず。声を張らないまま、いちばん重い一行を置く。
「王位を争います」
完全な宣言だった。王族会議がざわめきに包まれる。若手貴族の顔に緊張と期待。第一王子の表情は変わらない。
「覚悟はあるか」
低い声だった。覚悟を問う側が、覚悟の中身を三つ数えた。
「責任も、孤独も、すべて引き受ける覚悟が」
「あります」
迷いはない。返答までの間が、宣言のときより短かった。
「民を守るために」
視線がエリシアに向く。一瞬。だが確かに。
「そして」
続ける。守る対象を二つ並べたのは、兄への返答でもあった。
「制度を守るために」
第一王子は、わずかに笑う。理想という語を、彼はいつも同じ調子で使う。
「理想家だな」
「現実を見た上での理想です」
兄弟の視線がぶつかる。もはや隠れた競争ではない。公然たる王位争いだ。国王は、静かに二人を見ている。
「争うなら、堂々と争え」
低い宣言だった。国王は、争いそのものを止めなかった。
「国を割るな」
重い言葉だった。割るな、という一語だけが、二人への条件になる。
「肝に銘じます」
二人同時に答える。声が重なったことに、二人とも気づかなかった。
会議は解散。廊下。空気が違う。貴族たちの視線が、明確に分かれる。支持。警戒。敵意。
「……ついに」
エリシアが小さく言う。ついに、の続きは、口にしなくても通じた。
「ええ」
レオンハルトは歩みを止める。廊下の真ん中で止まったのは、初めてだった。
「戻れない」
「はい」
短い沈黙が落ちた。
「怖くは」
「あります」
正直な答えだった。彼はわずかに微笑む。
「私もだ」
意外な言葉だった。この人が怖いと言うのを、初めて聞いた。
「王位は、孤独だ」
静かな声だった。孤独だ、と言ってから、彼は一歩を出した。
「だが」
一歩、近づく。触れない距離。
「一人ではない」
はっきりと言う。エリシアの胸が、強く鳴る。
「隣に立つと、言った」
「はい」
「撤回は」
「しません」
迷いなく。廊下の灯りが揺れる。王宮の空気が変わる。
王位争いは、公然となった。そして、二人の関係もまた、後戻りできない位置に立っている。宣言は、政治だけでなく、心の戦いも始めた。




