第46話 公然
噂は、火よりも早く広がった。
「第二王子は補佐官に入れ込んでいる」
「王位争いの裏で私情が絡んでいる」
王宮の廊下。
足を止めれば、すぐに聞こえる。
エリシアは、表情を変えない。
だが胸の奥は、静かに重い。
「公然と語られ始めました」
カイルが低く言う。
「第一王子派が流している可能性が高い」
「ええ」
予想していた。
名誉攻撃が効かなければ、次は関係性を攻撃する。
理性を揺さぶる。
その頃。
貴族の小集会。
「王が感情で動くなら危うい」
「補佐官の影響が強すぎる」
支持を検討していた若手貴族の一部が、慎重姿勢へ傾き始める。
王位争いは、印象で動く。
夜。
執務室。
灯りは一つ。
「噂は、止まりません」
エリシアが静かに言う。
「止める必要はない」
レオンハルトは書類から目を上げない。
「放置すれば、事実として固定化します」
「事実ではない」
「ですが政治は、事実でなくとも動きます」
沈黙。
彼はゆっくりと顔を上げる。
「あなたは」
低い声。
「距離を取るべきだと言いたいのか」
一瞬。
空気が張り詰める。
「……はい」
正直に答える。
「王位争いが本格化する今、私の存在は攻撃材料になります」
「すでに材料だ」
「ならばこれ以上」
「退くな」
即座に遮る。
珍しく、感情が先に出る。
沈黙。
エリシアは目を伏せる。
「殿下の未来を狭めたくありません」
「私の未来を決めるのは、私だ」
静かながら強い声。
「あなたではない」
一瞬、胸が締まる。
「……ですが」
「噂が広がれば、王妃候補と見なされる」
はっきりと言う。
逃げない。
エリシアの呼吸が、わずかに止まる。
「それは」
「政治的な意味を持つ」
静かな事実。
「あなたは覚悟しているか」
問い。
王妃という言葉の重み。
「私は」
ゆっくりと息を吸う。
「王妃になる覚悟はありません」
正直に言う。
「補佐官として、隣に立つ覚悟です」
沈黙。
彼の目が、わずかに揺れる。
「それで十分だ」
低い声。
「王位は地位だ」
「隣に立つのは、意志だ」
言葉が、空気を震わせる。
「だが噂は止まらない」
エリシアは続ける。
「それでも」
彼は一歩近づく。
触れない距離。
「退かない」
明確な宣言。
「公然と語られるなら、否定も公然とする」
「否定?」
「私情ではないと」
視線が強い。
「だが」
一瞬、言葉が止まる。
「私情がないとも言わない」
空気が止まる。
鼓動が響く。
エリシアは、わずかに息を詰める。
「殿下」
「今は」
低く。
「王位を争う時だ」
理性が、最後に踏みとどまる。
「だが」
視線が絡む。
「あなたを切り離す選択はない」
はっきりと。
噂が公然となった。
感情もまた、公然に近づく。
だが一線は、まだ越えない。
王宮の灯りが揺れる。
戦いは、次の段階へ進む。
そして。
二人の関係も、後戻りできない位置まで来ていた。




