第44話 断罪未遂
王族会議の間は、これまでで最も緊張していた。議題は一つ。港湾密輸の証拠提出。
エリシアは資料を掲示台に並べる。順番は、昨夜のうちに三度組み替えてある。
「関税記録の不一致、偽造封蝋、裏金の痕跡」
静かな説明だった。声を張らないほうが、紙の数が効く。
「王都搬入記録との照合結果も添付しております」
室内がざわつく。第一王子は、腕を組んだまま聞いている。口を挟まないことが、そのまま準備の合図に見えた。
「以上より」
エリシアは続ける。断定を避けた言い方を、あらかじめ決めてあった。
「港湾不正は王都側管理部門との接続が強く疑われます」
沈黙。重い。
第一王子がゆっくりと立ち上がる。立ち上がるまでの間の長さで、部屋が身構えた。
「証拠は興味深い」
穏やかな声だった。中身を否定しないところから始めるのが、彼の型だ。
「だが」
視線が鋭くなる。だが、の一語だけが妙に長く響いた。
「提出経路が不透明だ」
一瞬、空気が変わる。争点が、中身から手続きへ移った。
「港で押収後、王宮へ持ち帰り、照合しました」
「港での押収手続きは正式か」
「暫定措置として」
「暫定」
言葉を強調する。暫定、の二文字だけを、部屋に置き直した。
「正式な監査官の立会いは?」
ざわめきが広がる。確かに、手続きは迅速だった。急がなければ荷は消えていた、という事情は、この部屋では通らない。
「緊急性がありました」
「つまり」
第一王子の声が冷たくなる。つまり、という接続で、事実を罪の形に組み替える。
「正式な監査を経ずに押収した証拠を、王族会議に提出した」
空気が凍る。捏造、という語が出るまでの手順が、あまりに滑らかだった。
「捏造の可能性は排除できるのか」
鋭い一撃だった。室内がざわつく。
「捏造ではありません」
エリシアは動じない。動じれば、動じたこと自体が材料になる。
「証拠の照合は複数部署で」
「あなたの主導で」
遮る。視線が刺さる。
「補佐官が主導した証拠」
重い言葉だった。主導という一語で、証拠は証言の位置まで落ちる。
「王位争いの文脈で見れば、弟を有利にするための演出とも取れる」
ざわめきが大きくなる。エリシアの胸が強く鳴る。だが表情は崩さない。
「その意図はありません」
「意図の有無ではない」
第一王子は静かに言う。真偽ではなく、価値の話へ移し替えた。
「疑念が生じた時点で、証拠の価値は揺らぐ」
正論だった。政治的に強い。
「よって」
間を置く。結論は最初から決まっていて、道筋だけを見せている。
「本件は第三者監査が入るまで保留とすべきだ」
実質的な凍結だった。港の再設計も止まる。
「異議がある」
レオンハルトが立ち上がる。声は低い。
「監査は構わない」
「では」
「だが」
視線が鋭くなる。監査そのものは、彼にとって争う場所ではない。
「捏造の可能性を口にしたことは撤回いただきたい」
空気が張り詰める。撤回、という語を王族が使えば、それは要求になる。
「疑念を呈しただけだ」
「公の場での疑念は、名誉を傷つける」
初めて、声に熱が乗る。この議場で、彼が調子を変えたのは一度きりだ。
「彼女は職務を果たした」
室内が静まり返る。職務を果たした、という言い方が、いちばん反論しにくい。
「個人攻撃は許容できない」
第一王子の目が細まる。待っていた反応が、ようやく来た顔だった。
「感情的だな」
静かな挑発だった。熱を出させることが、そもそもの目的だったのだと分かる。
「王は冷静であるべきだ」
一瞬。レオンハルトの拳がわずかに握られる。だが声は抑えられている。
「冷静だ」
「ならば」
第一王子は続ける。冷静だ、という返答を、そのまま次の足場にした。
「証拠の真偽は監査で明らかになる」
「それまで」
視線がエリシアへ向く。今日の本題は、最後の一行のほうにあった。
「補佐官は審議から外れるべきだ」
再び、矢面。室内がざわつく。エリシアは、一歩前に出る。
「監査を受けます」
静かな声だった。争う場所を、自分で一つ減らす。
「職務停止も受け入れます」
空気が変わる。受け入れる、という語を先に置けば、疑念の側が持ち場を失う。
「だが」
視線を逸らさない。譲るのは職で、事実ではない。
「証拠が事実であることは揺るぎません」
沈黙。第一王子はしばらく見つめる。
「強いな」
低く呟く。強い、と言ってから、その強さを危ういと続けた。
「だが強さは、時に独善だ」
席に戻る。国王が木槌を鳴らす。
「第三者監査を命じる」
短い宣言だった。国王の声は、どちらの側にも寄っていない。
「補佐官は審議から一時外れる」
空気が重く沈む。会議は散会。
廊下は、会議の間よりも冷えていた。歩く音だけが高く響く。
「申し訳ありません」
エリシアが言う。手続きを整える時間が無かった、とは言い訳になる。
「私の未熟で」
「違う」
低く、鋭い声。レオンハルトは足を止める。
「未熟ではない」
視線が強い。潰す、という語を、彼は言い換えずに使った。
「兄上は、あなたを潰すつもりだ」
初めて明確に言う。言い方を選ばなかったのは、選ぶ段階を過ぎたからだ。
「それでも退かないか」
問いではない。確認だった。
「退きません」
即答。その言葉に、彼の理性が揺れる。
「……ならば」
低く、押し殺した声だった。抑えている、と分かる声の出し方をしている。
「私も退かない」
触れない距離。だが、空気は熱い。
政治は冷酷だ。だが感情もまた、消えない。
その夜、レオンハルトは審議の記録を最後まで読み、名誉という語に印をつけた。印はつけたが、誰にも見せなかった。
撤回いただきたい、と言った自分の声が、思ったより高かったことにも気づいている。




