第40話 資格
補佐官資格審議は、公開形式で行われた。王族会議の間より小さいが、それでも十分に広い。若手貴族や高官も傍聴に集まっている。
エリシアは、中央に立っていた。立つ位置に、椅子は用意されていない。
「補佐官エリシア」
審議官の声が響く。名を呼ぶだけで、部屋の全員がこちらを向いた。
「港湾視察における越権行為について、弁明はありますか」
空気が重い。傍聴席の誰も、扇を鳴らさなかった。
「越権の意図はありません」
静かに答える。用意した文言ではなく、そのまま事実を並べた。
「港湾資金の不正を確認し、暫定措置を提言しました」
「提言の範囲を超えた行動では?」
「最終決定は第二王子殿下です」
視線が一斉に向く。レオンハルトは動じない。第一王子がゆっくりと口を開く。
「問題は結果ではない」
冷静な声だった。結果を争点から外すのが、彼の組み立てだ。
「制度を飛び越えた前例を作ったことだ」
正論だった。前例、という語を出された時点で、争点は港から離れる。
「補佐官が実質的に政策を主導すれば、王族の責任は曖昧になる」
視線がエリシアを射抜く。責めるのではなく、答えを引き出すための目だった。
「あなたは、どこまでが自らの権限か理解していたか」
一瞬の沈黙。理解している。理解したうえで越えた。だからこそ、答えは一つしかない。
「理解していました」
はっきりと言う。理解していなかった、と言えば楽になるのは知っていた。
「それでも提言しました」
ざわめきが広がる。越権を認めた、と受け取った者が半分はいる。
「なぜ」
「港が崩れると判断したからです」
視線を逸らさない。ここで俯けば、判断まで曖昧に見える。
「制度が機能しない場合、提言を止める理由はありません」
空気が張り詰める。制度の外側に理由を置いた、と誰もが理解した。
「制度軽視だ」
第一王子が断じる。断じる速さだけは、この日いちばん揺るがなかった。
「制度を守るために王族は存在する」
「制度は目的ではありません」
エリシアは静かに返す。言い返したのではなく、言葉の順序を直しただけだ。
「手段です」
室内が凍る。大胆な発言だった。傍聴席の若手貴族が、何人か身を乗り出す。
「……強いな」
第一王子が小さく呟く。その声音には、わずかな感情が混ざる。
「だが強さは、時に危うい」
審議官が言う。用意されていた結論へ、そのまま話を戻した。
「資格停止を一時的に提案する」
ざわめきが起きる。停止、という語が、初めて具体的な形で置かれた。
「審議終了まで、補佐官としての職務停止」
空気が重く沈む。職を失うのではない。名を消されるのだ。
「異議がある」
レオンハルトの声が響く。全員が振り向く。
「彼女は私の補佐官だ」
はっきりとした宣言だった。私の、という語を、彼はためらわずに使った。
「責任は私にある」
「殿下」
審議官が言う。困った顔ではなく、想定内の顔だった。
「これは個人の問題では」
「違う」
静かながら、強い声だった。個人の問題にされることを、彼は先に断っている。
「彼女を切り離せば、港湾再設計は止まる」
「代替は可能」
第一王子が言う。代替という語を、彼はためらいなく人に使う。
「他の補佐官を充てればよい」
一瞬。エリシアの胸がわずかに締まる。理屈は通る。誰にでも代わりはいる、というのは制度の正しさだ。
「代替は可能だろう」
レオンハルトは認める。否定できることを否定しないのが、この人の交渉だった。
「だが同じ判断はできない」
視線がエリシアへ向く。見られていると分かって、背筋が伸びた。
「彼女は、私が信頼している」
その言葉が、室内を揺らす。政治的擁護を超えた響きだった。
「信頼は感情だ」
第一王子が静かに返す。信頼を感情の側へ置き直せば、王の資質の話になる。
「王は感情で動くべきではない」
「感情を排除した王は、民を失う」
即答だった。兄弟の視線がぶつかる。空気が張り詰める。国王が、ゆっくりと口を開く。
「一時停止は見送る」
短い宣言だった。見送る、という言い方で、国王はどちらにも与しなかった。
「だが審議は継続する」
木槌が鳴る。室内に緊張が残る。
解散後。廊下は静かだ。
「申し訳ありません」
エリシアが言う。手段です、と言い切った自分の声が、まだ耳に残っている。
「私の発言が」
「誇るべきだ」
即座に返る。言い切ってから、彼は足を止めた。
「あなたは間違っていない」
「ですが」
「私が選んだ」
昨日と同じ言葉だった。だが今日は、さらに重い。エリシアは、ゆっくりと息を吸う。
「……殿下の足枷にはなりませんか」
一瞬。彼の表情が変わる。
「足枷?」
「私がいることで、攻撃は強まります」
事実だった。第一王子は明らかに、彼女を狙っている。
「それでも」
低く、確かな声だった。選択肢として検討したことすら無い、という響きがある。
「あなたを外す選択はない」
視線が絡む。触れない。だが、揺るがない。
「理由を、聞いても」
わずかな沈黙が落ちた。
「必要だからだ」
短い。だがその奥にあるものを、エリシアは感じ取る。政治的必要。そして、それだけではない何か。
王宮の廊下は冷たい。だが、二人の間だけは、温度があった。戦いは激しくなる。そして、彼女の資格は、もはや役職以上の意味を持ち始めていた。




