第39話 告発
王族会議の間は、静まり返っていた。
長い楕円卓。中央に国王。左右に第一王子と第二王子。そして後方に控える貴族たち。
エリシアは、定められた位置に立つ。視線が刺さる。昨日より、明らかに重い。
「本日の議題は」
国王の低い声が響く。議題を読み上げるだけで、部屋の温度が一段下がった。
「港湾視察に関する報告、ならびに告発の件」
第一王子が、静かに立ち上がる。整った所作。冷静な眼差し。
「父上」
声は穏やかだ。責める調子を一切入れないところに、この人の慣れがある。
「弟は、王命に従わず港湾に留まりました」
事実だけを述べる。誇張しないほうが効くと知っている並べ方だった。
「さらに、王家予備費を独断で使用」
視線がエリシアに向く。名を呼ばずに指すやり方は、逃げ道を残さない。
「補佐官による越権行為も確認されています」
ざわめきが走る。越権、という語だけが後方の席まで届いた。
「港湾問題の重要性は理解しております」
第一王子は続ける。理解している、と先に置いてから否定に入るのが彼の型だった。
「しかし、王国は制度で動く」
穏やかな口調だった。
「個人の理想で動いてはならない」
それは正論だった。多くの貴族が頷く。
「民衆の歓声は、一時的なもの」
視線を第二王子へ向ける。ここで頷く貴族が何人いるかを、数えている目だった。
「安定こそが、王族の務めではありませんか」
空気が、張り詰める。レオンハルトはゆっくりと立ち上がった。
「兄上」
声は静かだ。立ち上がるまでに、卓の上の紙を一枚も動かさなかった。
「制度は守るべきものです」
「ならば」
「だが」
一瞬、間を置く。ここから先は、退けない側の言葉だった。
「制度が民を守れないなら、修正すべきです」
ざわめきが強まる。修正すべき、という語を王族が使った記録が、いま残った。
「港湾は搾取されていた」
淡々と続ける。声を上げないことが、そのまま自信に見える話し方だった。
「証拠は提出済みです」
視線がエリシアに向く。押し出すのではなく、そこに居ることを示すだけの視線だった。
「予備費使用は暫定措置」
「暫定措置の判断を、補佐官に委ねたのか?」
第一王子の声が、わずかに鋭くなる。空気が変わる。エリシアは一歩前に出た。
「判断は私の提言です」
はっきりと言う。責任の線を、自分の側へ引き寄せる言い方を選んだ。
「最終決定は殿下」
「越権だ」
第一王子が断じる。断じるだけで済む位置に、彼は立っている。
「補佐官の役割は助言まで」
正しい。制度の言葉としては、完全に正しかった。
「助言を退ければ、港は崩れていました」
エリシアは動じない。制度の話には制度で返さず、結果で返すと決めていた。
「結果は」
第一王子が問う。結果を訊けば、こちらが数字を出すと分かっている。
「港は再整備に着手。関税透明化が進んでいます」
「それは一時的な人気取りに過ぎない」
冷たい声だった。人気取り、という語で、港の三年ぶんを一言に畳んでしまう。
「民衆は理想を求める。だが王は現実を見る」
第二王子の目が、わずかに細まる。
「兄上は」
静かに返す。兄に向けて、初めて反語を使わなかった。
「現実を見るあまり、声を聞いていない」
空気が凍る。これは初めての、正面からの否定だった。
「弟よ」
第一王子の声が低くなる。弟よ、という呼び方を、この場で使ったのは初めてだった。
「王位とは、支持ではなく責任だ」
「承知しています」
即答だった。
「だからこそ、責任を果たす」
視線が交差する。兄弟。だが今は、対立者だ。
「補佐官資格の審議を提案します」
第一王子が言う。ここまでが、今日の本題だった。
「越権が明確である以上、資格停止が妥当」
ざわめき。国王は沈黙している。
「異議があります」
レオンハルトが言う。異議、という語を、彼はこの会議で初めて口にした。
「彼女は私の補佐官だ」
はっきりと。
「責任は私にある」
その言葉に、空気が揺れる。責任は私にある、と言い切れる王族は多くない。
「ならば殿下ご自身の資質が問われます」
第一王子が静かに返す。用意されていた返しだった。
「補佐官に依存する王など、危うい」
鋭い一撃。エリシアの胸が強く鳴る。
「依存ではない」
レオンハルトの声は、低く、強い。
「信頼だ」
沈黙。その一言は、政治的説明を超えている。貴族たちの視線が揺れる。第一王子は、ほんのわずかに目を細めた。
「信頼、か」
静かな声だった。信頼、という語を、確かめるように置き直している。
「ならば証明してみせよ」
席に戻る。国王が、ようやく口を開く。
「補佐官資格審議は、明日継続」
短い宣言だった。継続、という一語で、審議は明日へ持ち越される。
「本日はここまでとする」
木槌の音が響く。会議は散会。だが戦いは始まったばかりだ。
廊下へ出ると、重い空気が流れる。
「申し訳ありません」
エリシアが言う。廊下の石が、会議の間より冷たく感じられた。
「私が矢面に」
「違う」
即座に否定される。
「これは、避けられない衝突だ」
歩みを止める。廊下の途中で立ち止まる人ではない。
「あなたを外せば、均衡は戻る」
静かな事実だった。誰もが分かっていて、誰も口にしない事実でもある。
「だがそれでは、港は無意味になる」
視線が向く。無意味、という語を、彼は港のために使った。
「選んだのは、私だ」
エリシアは、わずかに息を詰める。
「……はい」
触れない距離。だが言葉は、以前より重い。
自室へ戻ると、机の上に議事録の写しが置かれていた。誰の指示で回ってきたのかは書かれていない。
発言者の欄に、自分の名は無い。そのかわり「補佐官」の三文字が、六箇所にある。
エリシアは数えてから、写しを伏せた。数えたことを、彼には言わないでおこうと思った。
王族会議での告発です。
告発する側を気持ちよくしない、という縛りで書きました。正しいことを言っても、その場では立場が悪くなる。矢面に立つのがどちらかで一度もめるのも、そのためです。
ここから先、エリシアの名前は補佐官の枠に収まらなくなります。
緊張感が続いたという方は、ブックマークをして次の展開に付き合っていただけると嬉しいです。




