第32話 妨害
王都からの早馬は、夕刻に到着した。
封蝋には王家の紋章。
だが差出人は、第一王子側の管理部門。
「視察の即時終了を求める」
カイルが読み上げる。
「港湾資金は一時凍結。王都帰還命令」
室内の空気が重くなる。
セリーナが低く呟く。
「……やはり来ましたか」
エリシアは、書状を静かに受け取った。
理由は“外交上の配慮”。
だが実質は、圧力だ。
「密輸の件が、王都に伝わったのでしょう」
カイルの声は冷静だが、険しい。
エリシアの胸に、静かな責任感が広がる。
――私が踏み込んだから。
「殿下」
顔を上げる。
「一度、王都へ戻るべきかと」
港にいる限り、資金は止まる。
労働者にも影響が出る。
だがレオンハルトは、首を横に振った。
「視察は正式な権限で行っている」
声は穏やかだが、揺るがない。
「途中で引けば、不正を認める形になる」
「ですが」
「あなたの判断は正しかった」
静かな断言。
エリシアは、言葉を失う。
「責任を感じる必要はありません」
視線がまっすぐ向けられる。
「責任は、私が負う」
それは王族としての言葉。
だが、それだけではない響き。
セリーナが口を開く。
「資金が止まれば、港は苦しくなります」
「暫定措置を取ります」
レオンハルトは即答する。
「王家予備費から一部補填する」
カイルが目を見開く。
「それは第一王子側を刺激します」
「承知しています」
迷いはない。
エリシアは、胸の奥が強く鳴るのを感じた。
ここまで踏み込むとは思っていなかった。
自分の判断を、ここまで守る。
「……殿下」
「不安ですか」
「いえ」
小さく首を振る。
「ただ、巻き込んでいる気がして」
正直な言葉。
レオンハルトは、わずかに息を吐いた。
「あなたは、誰かに命じられて動いているのですか」
「いいえ」
「ならば巻き込まれているのは、私です」
淡々とした口調。
だが、その目は穏やかだ。
「私は、自分の意思でここにいる」
一瞬、沈黙。
エリシアの喉がわずかに熱くなる。
「……ありがとうございます」
それしか言えない。
夜。
港はざわついていた。
資金凍結の噂が広がっている。
不安が、波のように広がる。
「明日、再度説明を行います」
エリシアが言う。
「混乱を抑えましょう」
レオンハルトは頷く。
「共に」
その一言が、自然だった。
個人ではなく。
共に。
窓の外で、波が強く打ちつける。
王都からの圧力は、これから強まる。
だが。
エリシアは気づいていた。
怖さよりも、確信の方が大きい。
隣に立つ存在が、揺らがない。
だから、自分も揺らがない。
それはまだ恋とは呼ばない。
だが、確実に――特別だった。




