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婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


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第31話 外交の火種

 翌朝、港に新たな船が入った。王国の旗ではない。隣国グランゼルの紋章だった。


「予定外の入港です」


 セリーナが低く言う。入港予定表を、指で二度たどっていた。


「通商船ではなく、外交船です」


 甲板から降りてきたのは、長身の青年だった。整った衣服、無駄のない所作。そして、観察するような視線。


「隣国グランゼルより参りました、ルーカス・ハーゼンと申します」


 柔らかな声だった。名乗りまでの間が、練習したように整っている。


「第二王子殿下が視察中と伺い、ご挨拶に」


 礼儀は完璧だった。だが、その目は鋭い。


「偶然にしては、早い」


 カイルが小さく呟く。民衆集会の翌日。密輸の発覚。タイミングが良すぎる。


「我が国の香辛料が、最近貴国の市場に多く流れていると聞きまして」


 ルーカスは穏やかに続ける。世間話の速さで、核心のほうへ寄ってくる。


「関税の扱いに、少々疑問が」


 空気が変わる。これは挨拶ではない。牽制だ。


「調査中です」


 レオンハルトは簡潔に答える。認めも否定もしない語を、正確に選んでいた。


「不正があれば、是正します」


「それは安心しました」


 ルーカスの視線が、エリシアへ向く。ここまでが前置きだったのだと分かる動きだった。


「そちらの方は?」


「補佐官です」


 レオンハルトが答えるより早く、エリシアが一歩前に出る。名乗らせてもらうのを待つ立場ではない。


「エリシアと申します」


 視線が絡む。値踏みではなく、確認の目だった。


「帳簿を読まれる方ですね」


 微笑み。前置きも確認もない、断定の言い方だった。


「数字の違和感に気づいたのは、あなたでしょう?」


 心臓が一瞬跳ねる。なぜ知っている。


「港は、噂が早いのです」


 ルーカスは軽く肩をすくめる。答えになっていない答えを、堂々と置いていく。


「優秀な方がいると聞けば、興味を持ちます」


 その言い回しは、外交官のそれだった。だがどこか、個人的な響きもある。レオンハルトの声が、わずかに低くなる。


「本題を」


「もちろん」


 ルーカスは笑う。笑ったまま、条件のほうを先に置いた。


「我が国は、正式な通商関係を維持したい。ですが密輸が常態化すれば、関係見直しも検討せざるを得ません」


 つまり、関税問題が外交問題へ発展する可能性がある。


「正式な協議の場を設けましょう」


 レオンハルトが応じる。協議、という語で、場所と時期をこちらへ引き寄せた。


「歓迎いたします」


 ルーカスは軽く礼をした。だが去り際、エリシアにだけ小さく言う。


「王宮内の戦いは、港にも影響します」


 囁きに近い声だった。


「あなたは、どこまで踏み込みますか」


 挑発ではない。試す問いだった。


「必要なところまで」


 エリシアは即答する。考える間を見せれば、そこに次の言葉を差し込まれる。ルーカスの目が、わずかに楽しげに細まる。


「頼もしい」


 去っていく背中を、レオンハルトは静かに見送った。


「油断は禁物です」


 カイルが言う。外交船の帆は、まだ下ろされていない。


「ええ」


 エリシアは頷く。


「彼は味方でも敵でもない」


 状況次第だ。だが確実に言えることがある。港湾問題は、国内不正だけでは終わらない。外交へ波及する。そして。


「あなたを、随分評価しているようでした」


 レオンハルトの声は平静だ。平静すぎる、とも思った。


「外交辞令でしょう」


「そうでしょうか」


 一瞬、沈黙。


「興味を持たれるのは、悪いことではありません」


「……殿下」


「ただし」


 視線が向く。


「利用されるのは困ります」


 それは、王子としての警戒か。それとも。エリシアは、小さく笑う。


「利用されません」


「根拠は」


「隣にいますから」


 ほんの一瞬、レオンハルトの表情が柔らぐ。


「……そうですね」


 港に再び風が吹く。海の向こうから、別の波が押し寄せている。国内不正。民衆支持。そして外交。


 隣にいますから、と自分で言った言葉が、あとから重くなってきた。エリシアは桟橋の板を一枚ぶん、彼から離れて歩く。


 その半歩を、彼が詰めてくることはなかった。詰めなかったのが遠慮なのか、それとも別の何かなのかは、分からない。

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