第30話 民衆の前で
港の中央広場は、予想以上に人が集まっていた。
労働者、商人、その家族。噂は早い。
――第二王子が来ている。王宮が不正を調べている。
ざわめきの中、簡易の壇上が用意される。
「本当に説明するのですか」
カイルが低く問う。広場の人数を、目で数え終えた顔をしている。
「隠せば、不安が広がります」
エリシアは答える。噂は、訂正されない限り一番悪い形で固まる。
「事実を、伝えます」
レオンハルトが静かに頷く。止めるつもりは、最初から無かったらしい。
「前に出ますか」
その問いに、エリシアは迷わなかった。
「はい」
壇上へ上がる。潮風が強い。視線が集まる。王宮内での会議とは違う。ここでは、言葉がそのまま生活に繋がる。
「本日は、港湾再整備についてご説明に参りました」
声は落ち着いている。壇上から見ると、聞いている顔がひとつずつ判別できた。
「現在、港の税収と輸送量に不一致が確認されています」
ざわめきが起こる。不一致、という言葉に手が止まった者が何人もいた。
「一部の貨物が、正式な関税を経ずに王都へ搬入されていました」
どよめきが広がる。関税、という語は、この港では給金と同じ意味を持つ。
「その影響で、本来港に還元されるべき資金が減少しています」
労働者たちの顔が険しくなる。数字の話が、初めて自分の話として届いた顔だった。
「では、俺たちは」
前列の男が叫ぶ。日に焼けた腕に、荷縄の跡が残っている。
「搾取されていたのか」
エリシアは、はっきりと答える。
「可能性は高いです」
隠さない。ここで曖昧にすれば、明日には十倍の噂になる。だが続ける。
「しかし、港自体に責任はありません」
視線をまっすぐ向ける。逸らせば、その一点だけが噂として残る。
「不正があれば、それは上流の問題です」
つまり、王宮側の責任だ。空気が一変する。
「今回の視察は、責任を押し付けるためではありません」
声に力が入る。用意した文には無かった言い方だった。
「港を立て直すためです」
レオンハルトが一歩前へ出る。
「再整備計画は見直します」
明確な宣言だった。見直す、と王族が広場で言えば、もう取り消せない。
「補助金は段階的に透明化し、管理経路を公開する」
広場が静まる。公開する、という語が出たことに、商人たちが顔を見合わせた。
「港湾税の配分も再設計する」
ざわめきが、期待へ変わる。その変わり方の速さが、かえって怖い。エリシアは続ける。
「ですが、時間が必要です」
正直な言葉だった。ここで請け合えば、次に来るのは失望だと知っている。
「すぐに全ては変えられません」
沈黙が落ちた。期待が引く音は、寄せる音より静かだ。
「それでも」
強く言う。約束できるのは、意志だけだった。
「変える意志はあります」
その瞬間、最前列にいた少年が小さく拍手をした。一拍。そして、少しずつ広がる。大きな歓声ではない。だが、確かな支持だった。
セリーナが横で静かに息を吐く。
「……本気なのですね」
「はい」
エリシアは答える。それ以上の言葉は、まだ持っていなかった。
壇上を降りると、何人もの労働者が近づいてくる。
「信じていいのか」
「裏切らないか」
不安と期待が混ざる声。
「約束はできません」
エリシアは正直に言う。
「ですが、隠しません」
それが精一杯の誠実だった。レオンハルトが静かに言葉を添える。
「港は王国の要だ」
視線が集まる。
「軽視はしない」
その言葉は、重かった。王族が広場で口にした一行は、明日には港中に伝わる。
広場の空気が変わる。疑念から、慎重な信頼へ。
その様子を、少し離れた建物の陰から誰かが見ていた。王都へ向かう早馬が、すでに出ている。第一王子の元へ。
港湾都市リゼルで起きたことは、ただの地方視察では終わらない。民意が動き始めた。それは王宮の均衡を、静かに揺らす力になる。
エリシアは海を見つめた。波は絶えず動いている。国もまた、動き始めている。そして、その中心に、自分が立っているという自覚が、胸に重く落ちていた。
広場で説明する回です。
隠せば不安が広がる、という理由で公表させました。正義感ではなく、実務上の判断として書いています。この作品でエリシアが人前に出るときは、たいてい理屈のほうが先に立ちます。
なおここで「隠さない」という形が一度できてしまうと、後で隠せなくなります。それも承知の上での選択です。
広場の空気が動く瞬間を楽しんでいただけたら、ブックマークで先を見届けていただけると嬉しいです。




