第29話 密輸の証拠
雨が上がった港は、どこか不自然に静かだった。
裏積み出し場は、表通りとは違う。照明は少なく、荷の移動も控えめ。だが、足跡は多い。
「この時間帯は、本来なら動きは少ないはずです」
セリーナが低く言う。
「では、なぜ灯りが」
カイルが周囲を見渡す。倉庫の一つに、かすかな明かり。扉は閉ざされているが、鍵はかかっていない。
レオンハルトが短く頷く。警備が静かに配置につく。扉が、軋みながら開いた。
中に積まれた木箱。表記は「王都向け公用資材」。一見、問題はない。だが。
「封蝋が違う」
エリシアが即座に指摘する。王宮公式の印章とは微妙に形状が異なる。
「偽造……?」
「いえ」
エリシアは木箱の一つを確認する。
「公式印を転用している。だが管理番号が飛んでいる」
番号の連続性がない。つまり、記録外の貨物だ。
「開けます」
警備が工具を使い、蓋を外す。中から現れたのは――。
「香辛料……?」
カイルが呟く。高価な輸入品だった。本来なら高関税がかかる。
「王都公用資材に紛れ込ませている」
エリシアの声は低い。
「関税を回避し、そのまま王都へ搬入」
そして王都で市場に流せば、莫大な利益になる。その利益はどこへ。箱の底を確認する。布に包まれた小袋。中には金貨。
「……前渡し金」
セリーナが息を呑む。荷の受領時に支払われる裏金だった。そして、その袋には小さな印がある。
「この紋章は」
カイルが目を凝らす。エリシアは、静かに答えた。
「第一王子派の管理部門の紋章です」
空気が凍る。物証だ。帳簿だけでは弱かった。だがこれは、明確な証拠になる。王都公用ルートの悪用。偽造封蝋。裏金。
「押収します」
レオンハルトの声は冷静だった。
「記録を残し、王宮へ持ち帰る」
その瞬間だった。倉庫の外で、複数の足音。警備が即座に身構える。扉の向こうに、影。
「誰だ」
兵の声。だが返答はない。次の瞬間、足音は散る。逃げた。
「監視されていました」
カイルが低く言う。
「ええ」
エリシアは、木箱を見つめる。証拠を掴んだ。同時に、こちらが掴んだことも知られた。
「王宮に戻れば、動きます」
セリーナが言う。
「ええ」
エリシアは頷く。頷きながら、王都までの日数を数えていた。
「これは地方不正ではありません」
視線を上げる。
「王位継承に直結します」
第一王子派の裏資金ルート。これを暴けば、単なる派閥争いでは済まない。だが、隠せば、港は搾取され続ける。
レオンハルトが静かに告げる。
「後戻りはできません」
「承知しています」
エリシアの声は、揺れない。だが胸の奥は熱い。これは、国を立て直す戦いだ。同時に、王宮の均衡を崩す戦いでもある。
木箱の蓋が再び閉じられる。雨上がりの空に、低い雲が流れる。
港湾都市リゼル。ここで掴んだ証拠は、やがて王都を揺らす。そして、第一王子は、もう気づいている。自分の足元に、火がついたことを。




