↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/136

第33話 すれ違い

 外交船は、まだ港に停泊していた。資金凍結の報が流れた翌日。ルーカス・ハーゼンは、まるでそれを待っていたかのように現れた。


「お困りのようですね」


 穏やかな微笑みだった。困っている、と言われた側が返す言葉は、たいてい二つしかない。エリシアは、表情を崩さない。


「状況は流動的です」


「我が国としては、港湾機能の安定を望みます」


 遠回しな提案だった。安定、という語を、こちらの弱みの上に置いてくる。


「一時的な資金融通も可能です」


 カイルが眉をひそめる。それは助けではない。貸しだ。しかも、返す条件がまだ書かれていない貸しだった。


「正式な協議を経る必要があります」


 エリシアは冷静に答える。断るのではなく、手順の話へ移し替える言い方を選んだ。


「もちろん」


 ルーカスは頷く。頷き方が早すぎて、断られる想定も済んでいるのだと分かる。


「ですが、時間は味方ではない」


 その視線が、柔らかく細まる。


「あなたは理解しているでしょう」


 言外に含まれる信頼。褒めることで、こちらを孤立させる話し方でもある。


「判断が速い」


 静かな称賛だった。エリシアは、わずかに息を整える。


「港を守るための最善を探っています」


「あなた自身は?」


 不意の問い。用意していた答えの外側から来た。


「何を守りたいのですか」


 一瞬、言葉が詰まる。守りたいものを訊かれたのは、王宮に入ってから初めてだった。


「……国です」


「それだけですか」


 穏やかな声だった。だが、試すような響きがある。その時だった。


「協議は私が行います」


 背後からの声だった。レオンハルト。足音を立てずに来る人ではないのに、気づかなかった。視線が交わる。


「殿下」


 エリシアは一礼する。いつからそこにいたのかは、分からなかった。


 ルーカスは、ほんのわずかに笑みを深めた。


「第二王子殿下。優秀な補佐官をお持ちですね」


「承知しています」


 淡々と返す。空気が、ほんの少しだけ硬くなる。


「彼女は、数字だけではなく、現場を見ている」


 ルーカスは続ける。


「貴重な存在です」


「評価は不要です」


 短い返答だった。


「彼女の価値は、私が理解しています」


 その一言に、空気が静かに揺れた。エリシアの胸が、わずかに熱を帯びる。ルーカスは、軽く肩をすくめた。


「失礼」


 去っていく背中。桟橋の板が、その歩調で規則正しく鳴った。静寂が戻る。


「……不用意でした」


 エリシアが言う。


「何が」


「二人きりで話すべきではありませんでした」


 レオンハルトは、少しだけ視線を逸らす。逸らしたことに、本人が一拍遅れて気づいた。


「外交官です。会話は避けられません」


「ですが」


「問題ありません」


 即答だった。だが声は、ほんのわずかに低い。沈黙。海風が吹き抜ける。


「殿下」


「何ですか」


「先ほどの言葉」


 彼女は続ける。訊いていいのかどうかを、言いながら決めていた。


「……私の価値を理解している、と」


「事実です」


 簡潔な返答だった。


「疑う必要はありません」


 その言葉は冷静だ。だが、その奥にあるものを、エリシアは感じ取る。所有ではない。だが、他者に奪わせない意志。


「外交は私が担当します」


 レオンハルトは言う。


「あなたは港の再設計に集中してください」


「承知しました」


 役割分担。それだけだった。だが、背を向けた彼の足取りが、ほんのわずかに速いことに、エリシアは気づいていた。


 一方。レオンハルトは歩きながら、自問する。なぜ、あのやり取りが気になったのか。外交上の警戒。それで説明はつく。だが、それだけではない。胸の奥に残る、わずかなざらつき。


「……不要な感情だ」


 小さく呟く。だが完全には消えない。


 その夜、エリシアの机には港の見取り図が一枚、無言で置かれていた。ルーカスの船が着いた桟橋に、細い印がついている。


 誰が置いたのかは書かれていない。書かれていないことのほうを、彼女はしばらく見ていた。

助けの顔をした貸し、の回です。


ルーカスは脅してきません。困っているところに、条件のいい話を持ってくるだけです。断る理由を説明するほうが難しい種類の相手として置きました。


そのあとに残る、説明のつかないざらつきのほうが、この回の本題です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。