↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された地味令嬢ですが、実は王宮一の補佐でした ~捨てたのは第一王子? いいえ、私は第二王子と国を立て直します~  作者: 紅茶うさぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/136

第26話 港の現実

 港湾都市リゼルは、潮の匂いに満ちていた。


 王都の整然とした石畳とは違う。湿った風、軋む桟橋、絶え間なく動く荷車。活気はある。だが、その裏に疲労が滲んでいる。


「……思っていたより、消耗していますね」


 エリシアは、低く呟いた。声に出してから、王都で読んだ報告書の文面を思い出す。活況、という語が三度使われていた。船は多い。荷も多い。だが、作業員の顔色は良くない。建物の外壁は修繕途中のまま放置されている。数字だけでは見えなかった歪みだった。


「歓迎は、形式的なものになります」


 出迎えた女性が言った。鋭い眼差しと、実務家らしい簡素な装い。歓迎という語を、断りの意味で使う人だった。


「セリーナ・ヴァルトです。港湾商会連合を代表しております」


 握手は力強い。手のひらに、荷を扱う者の硬さがあった。


「第二王子殿下自らお越しになるとは思いませんでした」


「現状を確認するのは当然です」


 レオンハルトは穏やかに答える。セリーナの視線が、エリシアへ向く。


「……補佐官の方ですね」


「エリシアと申します」


 軽く会釈する。セリーナは、ほんのわずかに口角を上げた。


「王宮は、港の実態をご存じですか」


 問いは、挑戦的だった。


「数字上は」


 エリシアが答える。


「ですが、現場は見ていませんでした」


 正直な言葉だった。取り繕えば、この人には一度で見抜かれる。セリーナは、目を細める。


「ならば、見てください」


 案内されたのは、倉庫群の奥だった。表通りは整っている。だが裏手には、修繕されていない倉庫、放置された木箱、破損した荷台。


「資材は足りていません」


 セリーナは言う。


「補助金は出ているはずでは」


 カイルが口を挟む。王都の数字を信じている者の訊き方だった。


「ええ、書類上は」


 その一言に、空気が冷える。


「ですが、実際に届く額は少ない」


 エリシアの胸が、強く鳴る。書類上は、という言い方を、この港では誰もが使うのかもしれない。


「中抜き、ですか」


「証拠はありません」


 セリーナは即座に言う。言い切る速さが、何度も同じ問いに答えてきたことを示していた。


「ですが、計算が合わない」


 それは、エリシアの感じた違和感と同じ言葉だった。


「労働者は増え、船は増え、仕事は増えています」


 海を指さす。


「ですが、港の利益は増えない」


 疲れた男たちが、重い荷を運んでいる。子どもが、壊れた縄を結び直している。数字の向こうに、生活がある。


「王宮の判断で、港は立ち直ると言われました」


 セリーナの声は、冷静だ。


「ですが、現実は違う」


 視線が、まっすぐエリシアへ向く。


「あなた方は、本当に立て直すつもりがありますか」


 問いは、重い。答えを間違えれば、帳簿は一冊も出てこないだろう。エリシアは、息を吸う。


「あります」


 即答だった。


「ですが、現場を知らずに判断していたことは否定できません」


 認める。逃げない。ここで取り繕えば、この人は二度と本当のことを言わない。


「今回の視察は、そのためです」


 セリーナは、しばらく彼女を見つめていた。やがて、小さく頷く。


「ならば、帳簿をお見せしましょう」


 案内された執務室。積み上げられた帳簿の山。エリシアは一冊を開き、ページを追う。数字は整っている。だが、どこかがずれている。


「……輸送量の増加率に対して、保管料の上昇が不自然です」


「気づきましたか」


 セリーナが静かに言う。試すつもりで見せたのだと、その声で分かった。


「港を経由しているはずの貨物が、一部記録に残っていない」


 つまり。


「密輸」


 小さく呟く。口にした語が、思ったより重く部屋に落ちた。それは単なる地方問題ではない。関税逃れ。裏資金。そして、王宮内部との接続。


 エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。海風が、窓から吹き込む。これは、単なる港湾再建ではない。王宮の戦いは、ここまで繋がっている。そして、自分たちは、もう後戻りできない場所へ来ている。


「調べます」


 静かな宣言だった。レオンハルトは、その横顔を見つめていた。数字を読む目ではない。人を守る目だ。


 その視線に、エリシアは気づかない。帳簿の山へ手を伸ばしている。


 彼は何も言わなかった。言わなかったことを、あとで思い出すことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。