第24話 港湾都市視察
港湾都市リゼルで、不穏な動きがある――。
最初に報告が上がったのは、早朝の定例報告の場だった。
「輸送量は増加傾向。しかし、税収の伸びが比例していません」
カイルの淡々とした説明に、エリシアは資料へ目を落とす。確かに、貨物取扱量は右肩上がりだ。だが、港湾税収は微増に留まっている。
「記録上は整っています」
「ええ」
エリシアは静かに頷く。頷きながら、同じ列を三度見返していた。
「ですが、“整いすぎている”」
数字のばらつきが不自然に均一だった。誤差がなさすぎる。人の手が入っていない帳簿は、もっと汚れている。
「裏帳簿の可能性?」
レオンハルトの問い。
「否定はできません」
エリシアは答える。
「ただし、王宮内の資料だけでは断定できません」
沈黙。そして第二王子が決断する。
「現地へ行きます」
室内がわずかにざわつく。
「殿下、第一王子側が難色を示す可能性が」
「承知しています」
迷いのない声だった。
「だが、机上の推測で終わらせる案件ではない」
視線がエリシアへ向く。
「同行しますか」
問われる前から、答えは決まっていた。
「はい」
即答だった。王宮を出るということは、単なる視察ではない。派閥戦を王宮外へ持ち出すことになる。だが、国を立て直すと言ったのは、自分だ。
その日の午後、視察決定の通達が王宮全体に流れた。予想通り、第一王子側から抗議が入る。
「地方案件に王族が直接赴く必要はない」
という建前だった。だが本音は明白だ。主導権を握られることへの警戒。レオンハルトは、淡々と返答した。
「経済は国の根幹です。確認は当然の責務」
それ以上の応酬はなかった。
夕刻。出立の準備が進む中、エリシアは自室で荷をまとめていた。王宮外へ出るのは久しぶりだ。緊張と、わずかな高揚がある。
扉がノックされる。
「入ります」
レオンハルトだった。
「準備は」
「整いました」
「道中は長くなります」
言葉は事務的だが、視線は柔らかい。
「体調に不安は」
「ありません」
一瞬の沈黙があった。用件は終わっているのに、彼はまだ扉のところにいる。
「……無理はしないでください」
その一言に、エリシアはわずかに目を見開いた。王宮内では聞かない声色だった。
「殿下こそ」
小さく返す。ほんの短い会話だった。だが、王宮の壁の中では決して生まれなかった距離感が、そこにあった。
翌朝。馬車が王宮の門をくぐる。石畳の音が、遠ざかる。エリシアは、窓越しに王宮を振り返った。あの場所で始まった戦いは、今、外へと広がる。
向かう先は、数字の向こうにある現実。港湾都市リゼル。そこには、王宮の理屈では測れない生活がある。
そしてきっと、この視察は、単なる経済案件では終わらない。王宮内の対立は、静かに、国全体へと波及し始めていた。
舞台が王宮を出ます。
きっかけは事件ではなく、輸送量と税収の伸びが噛み合わないという一点だけです。数字のばらつきが消えているときは、たいてい誰かが均している。
港へ向かう馬車の中の短いやり取りは、王宮の壁の中では成立しない距離として書きました。
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