第23話 敵として、認識された
第一王子アルベルトの執務室は、重苦しい沈黙に包まれていた。
机の上には、先日の合同会議の議事録。そこには、はっきりと記されている。
――手続き上の混乱に関する確認。差し替え履歴の提示。透明性確保の宣言。
直接的な非難はない。だが、十分だった。
「……舐められたものだな」
低い声が、室内に落ちる。向かいに立つオズワルドは、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。
「第二王子殿下は、明確に立場を示されました」
「立場?」
アルベルトは、笑う。笑いながら、議事録の綴じ紐を指で弾いていた。
「私に対抗すると?」
「ええ」
即答だった。
「そして、その中心にいるのは、あの補佐官です」
沈黙が落ちた。アルベルトの指先が、議事録をなぞる。名前の無い行を、二度たどっている。エリシアの名は記されていない。だが、発言記録から、誰が指摘を主導したかは明白だ。
「……あの女が」
吐き捨てるように呟く。
「殿下」
オズワルドは、静かに続ける。
「問題は、感情ではございません」
「分かっている」
即座に返す。言われる前に言えば、認めたことにならないと思っていた。
「能力だ」
その一言が、室内に重く響く。認めた言葉であることに、本人だけが気づいていない。
「偶然ではない。あれは、明確な判断だ」
アルベルトは、目を細める。判断、という語を自分から使ったことに、まだ気づいていない。
「そして、弟はそれを支えた」
つまり、あの女は、第二王子の戦力となった。
「排除しますか」
オズワルドの声は、穏やかだ。排除という言葉を、茶の銘柄のように置く。
「いいや」
アルベルトは、首を振る。否定の速さだけが、この日いちばん確かだった。
「今、手を出せば、こちらが焦っているように見える」
冷静だった。怒りはあるが、衝動では動かない。
「だが、放置はできない」
「同意いたします」
オズワルドは、一歩近づく。近づいた分だけ、声を落とした。
「次は、彼女個人ではなく、“立場”を狙うべきかと」
「どういう意味だ」
「補佐官という立場は、正式な任命ではありません」
微笑みが、わずかに深くなる。制度の話にしてしまえば、誰も個人を責めずに済む。
「正当性を問う」
アルベルトの目が、光る。潰すのではなく、無効にする。その響きが気に入ったらしい。
「……なるほど」
個人攻撃ではなく、制度の問題にする。そうすれば、第二王子は守るためにさらに前に出ざるを得ない。そして、対立は王宮全体の問題へ拡大する。
「準備を進めろ」
短い命令だった。
「承知いたしました」
オズワルドは一礼し、退出する。扉が閉まった後、アルベルトは椅子に深く腰を下ろした。
胸の奥に残るのは、怒りだけではない。違和感。そして、認めたくない理解。あの夜、捨てたはずの存在が、今、確実に“敵”として立っている。
「……ならば」
低く呟く。
「徹底的に、潰す」
その言葉は、静かだった。だが、決意は固い。
その頃。第二王子の執務室では、夜の灯りが揺れていた。
「第一王子側が、制度面で動く可能性があります」
カイルが報告する。声を落としているのは、廊下を気にしてのことだった。
「補佐官の立場を問題視するかと」
エリシアは、静かに息を吸う。来るべきものが、来た。
「覚悟はできていますか」
レオンハルトが問う。
「はい」
迷いはない。制度で問われるなら、制度の言葉で答えるまでだ。
「私は、ここに立つと決めました」
その声は、はっきりしていた。守られる覚悟。そして、狙われる覚悟。もう、後戻りはできない。
王宮の夜は、静かに更けていく。だが、静けさの裏で、確実に火種は広がっていた。
彼女は、もう“元婚約者”ではない。第一王子にとって、明確な――敵だった。




