第22話 守られる覚悟
合同会議の余波は、すぐに王宮全体へ広がった。
第一王子側の提出経路に不自然な点があった――その事実は、明確な断罪こそ避けられたものの、確実に記録として残った。
廊下を歩く視線が、変わる。もはやエリシアは「元婚約者」ではない。
「対立の中心にいる補佐官」だ。
その日の午後、再び合同の場が設けられた。議題は、修正版の最終承認。第一王子アルベルトは、露骨に不機嫌だった。
「これ以上の遅延は許されない」
低く告げる。遅延、という語から入るのが、この人の順序だった。
「修正は済んだ。形式上の不備もない」
視線が、第二王子へ向けられる。
「まだ異議があるのか」
静かな圧力だった。エリシアは、資料を握りしめた。ここでさらに指摘すれば、明確な敵対宣言になる。だが、沈黙すれば、これまでの判断が曖昧になる。
――どうする。
その瞬間だった。
「異議はありません」
レオンハルトが、先に口を開いた。室内が、わずかにざわつく。異議が出るものとして身構えていた分、宙に浮いた顔が並んだ。
「本案は、現段階で妥当です」
第一王子が、わずかに目を細める。通ったはずのものが、まだ通り切っていない気配を嗅ぎ取っている。
「ならば」
「ただし」
続く一言で、空気が止まる。ただし、という接続だけで、部屋の温度が変わった。
「本件に関する一連の検証過程は、全て議事録に残します」
淡々とした宣言だった。
「今後、同様の手続き上の混乱が生じた場合、責任の所在を明確にするためです」
それは、遠回しではあるが、明確な牽制だった。第一王子の視線が鋭くなる。
「疑っているのか」
「いいえ」
レオンハルトは、穏やかに返す。
「透明性を確保するだけです」
沈黙が落ちた。オズワルドが、静かに口を挟む。挟むまでの間が、いつもより一拍長い。
「その必要はありません。今回は単なる手続き上の行き違い――」
「ならば、記録に残しても問題はないはずです」
遮る声は、静かだった。だが、決定的だった。会議室の空気が、明確に二分する。
エリシアは、そのやり取りを見つめながら、胸の奥が強く脈打つのを感じていた。これは、自分のための発言だ。名指しではない。だが、誰を守っているのかは明白だった。
第一王子が、ゆっくりと立ち上がる。
「好きにしろ」
短く言い、席を離れる。許したのではなく、話を終わらせただけだった。扉が閉まった瞬間、会議は終わった。
廊下へ出たところで、エリシアは足を止めた。
「……殿下」
声が、わずかに震える。呼びかけたはいいが、続きを決めていなかった。
「必要なことです」
レオンハルトは、振り返らずに言う。
「あなたが前に出た以上、私は立場を示さなければならない」
淡々としている。だが、その言葉の裏にあるものは重い。
「今回の発言で、私は明確に対立側へ立ちました」
それは、政治的な宣言だ。王宮では、誰の側に立つかを一度言えば、次の一年がそれで決まる。
「後戻りはできません」
エリシアは、胸が締めつけられるのを感じた。
「……私のために、ですか」
問いは、無意識だった。レオンハルトは、ほんの一瞬だけ目を細める。
「あなたの判断は、正しかった」
それが答えだった。個人ではなく、判断。だが、その中には、揺るがない信頼がある。
「守られる覚悟はありますか」
静かな問いだった。エリシアは、目を閉じる。守られるということは、背後に立つということ。自分一人の戦いではなくなるということ。
「……はい」
ゆっくりと答える。守られるのは、庇われることとは違うのだと、この日に知った。
「逃げません」
その言葉に、レオンハルトは小さく頷いた。
「では、最後まで」
並んで歩く足音が、静かな回廊に響く。歩幅は、合わせられていた。王宮の灯りは、どこか冷たい。
だが、その中で、エリシアは初めて思った。自分は、選ばれているのではない。並んでいるのだと。それが、どれほどの重みを持つのかを、まだ完全には理解していなかったとしても。




