第104話 同じ問い
「行くぞ」
その一言で、全てが動いた。煙の向こうへ。王は進む。護衛が囲む。だが距離を取る。威圧にならないように。それでも緊張は消えない。
通りは静かだった。さっきまでの混乱が嘘のように。だが違う。静かに“整えられている”。
ルークが低く言う。通りに落ちている物が、きれいに片づけられている。
「……統制されています」
第一王子が鼻で笑う。笑いながら、護衛の位置を目で確かめていた。
「本気だな」
やがて見えた。物資拠点。そして、人の列。だが王都とは違う。奪い合いではない。分配されている。粗い。だが秩序がある。
その中心に。ガルドがいた。
「来たか」
短い言葉だった。振り返りもしない。だが分かっている。レオンハルトは前へ出る。
「来た」
それだけ。沈黙。風が抜ける。名乗り合いは、昨日のうちに済んでいる。ガルドが言う。
「見ての通りだ」
周囲を示す。示した先で、袋を抱えた子どもが列に戻っていく。
「俺たちは回してる」
事実だった。粗いが、確実に回っている。帳面も台も無いのに、順番だけは守られていた。エリシアが小さく呟く。
「……機能しています」
ルークも頷く。帳簿にすれば粗い。だが止まってはいない。
「最低限ですが」
第一王子が言う。褒め言葉として言ったのは、この日が初めてだった。
「やれるじゃねえか」
ガルドは笑わない。褒められる筋合いはない、という顔をしている。
「やらなきゃ死ぬ」
それだけだった。レオンハルトは言う。
「理解している」
「本当にか?」
初めて振り返る。目が合う。鋭い。だが冷静だった。ガルドは言う。
「お前は選んだ」
「俺たちは外れた」
「それでも理解してるって言えるか?」
重い問いだった。理解している、と言った側が試される形になっている。レオンハルトは答える。
「言える」
迷いなく。ガルドの目がわずかに細くなる。
「……理由は」
「必要だった」
短い答えだった。言い訳を足せば、この男には通じない。
「全部は守れない」
「だから崩れない場所を守る」
沈黙。ガルドは頷く。
「正しい」
意外な言葉だった。第一王子が眉を上げる。
「認めるのか」
「当たり前だ」
ガルドは言う。正しい、と言われたことのほうが刺さった。
「だから俺たちは外れた」
矛盾しない。論理が通っている。認めたうえで外れる、というのがこの男の立ち方だった。エリシアが静かに言う。
「あなたも同じことをしている」
ガルドは見る。初めて、王ではないほうへ視線を向けた。
「どういう意味だ」
「あなたも選んでいる」
一歩踏み出す。
「この範囲を守り」
「他を捨てている」
沈黙。ガルドは否定しない。
「そうだ」
「なら同じだ」
その一言が落ちる。空気が変わる。対立が、少しだけ、近づく。ガルドは言う。
「違うな」
首を振る。同じだ、で終わらせる気は無いらしい。
「俺は俺で決めた」
「お前は上から決めた」
その違いは重い。レオンハルトは言う。
「だから来た」
一歩、踏み込む。
「直接話すために」
沈黙。ガルドの目が揺れる。ほんの少しだけ。代理を寄越さなかったことを、彼は数えている。初めて、完全な敵ではなくなる。
ガルドは言う。声から、刃の部分が少し抜けていた。
「……何を望む」
「繋げる」
短い一語だった。繋げる、という言い方を、彼は選んだ。
「お前の秩序と」
「こちらの支援を」
エリシアが続ける。分配の設計は、彼女の領分だった。
「分配の効率が上がります」
「衝突も減る」
ルークも言う。損得で説明できる案なら、この男は必ず聞く。
「現実的です」
第一王子が腕を組む。
「悪くねえな」
沈黙。ガルドは考える。長くはない。だが深い。断れば、この区域は今夜のうちに干上がる。
「……条件がある」
来た。対話が成立している。
「言え」
「この区域の主導は俺たちだ」
「口出しするな」
第一王子が笑う。条件を出してきた時点で、話は成立している。
「強気だな」
「当然だ」
ガルドは言う。
「ここは俺たちの場所だ」
レオンハルトは頷く。
「認める」
即答だった。空気が動く。成立しかける。その瞬間。
――爆音。
遠く。別の方向。全員が振り向く。
「……なんだ」
兵が駆け込む。列の端の人々が、一斉に音のほうを振り返った。
「第五都市!」
「爆発!」
「……攻撃です!」
沈黙。空気が凍る。成立の一歩手前で、外から手が入った。ルークが低く言う。
「……第三勢力」
エリシアが呟く。第三勢力、という語を、誰も否定しなかった。
「崩しに来ています」
ガルドが笑う。初めて。冷たく。
「時間切れだな」
対話は成立しかけた。だが、壊された。レオンハルトは言う。
「まだ終わっていない」
「いいや」
ガルドは首を振る。
「これが現実だ」
その言葉が重く落ちる。均衡は、簡単には保てない。
対話が成立しかけて、外から壊されます。
うまくいきかけたものを壊すのは、失敗させるより後味が悪い。それを承知で置きました。ガルドの「これが現実だ」は、彼の側から見れば正しい。




