第103話 対話か制圧か
「……始まりました」
ルークの言葉が、重く残る。ガルドたちが去った通りは、再び静かになっていた。だがそれは、平穏ではない。嵐の前だ。
第一王子が腕を組む。答えを持っていて、それでも訊いている顔だった。
「どうする」
短い問いだった。だが意味は重い。決めるのは王だと、この人はいつも先に線を引く。
「叩くか?」
武装している。統制されている。放置すれば拡大する。それが現実だ。ルークも言う。
「今なら抑えられます」
「兵力を集中すれば、鎮圧は可能」
エリシアは沈黙している。視線は、遠く。ガルドが去った方向へ向いたままだった。撤退の隊列の速さが、まだ頭に残っている。
レオンハルトは答えない。ただ考えている。戦うべきか。話すべきか。その時。遠くで、再び火の手が上がる。
「……始まっている」
第一王子が言う。火の手は、さっきより一区画こちらに寄っている。
「もう止まらんぞ」
正しい。時間はない。決めるしかない。レオンハルトは言う。
「接触する」
全員が動く。接触、という語を、誰も一度で理解しなかった。
「は?」
第一王子が顔を上げる。聞き返す声が、いつもより高い。
「交渉だ」
静かな声だった。叩けば早い、と分かったうえで言っている。
「正気か」
「正気だ」
ルークが言う。数字で止められる話ではないと、言いながら気づいていた。
「リスクが高すぎます」
「指導者は理性があります」
レオンハルトは答える。理性がある、という一点だけを根拠にした。
「だから話せる」
エリシアが初めて口を開く。
「……同意します」
全員が見る。この場で最初に賛成するとは、誰も思っていなかった。
「彼は暴徒ではありません」
「構造を理解している」
「だからこそ」
一歩踏み出す。
「対話が成立する可能性があります」
第一王子がため息をつく。可能性、という語で兵を止めるのは難しい。
「可能性、か」
「戦えば確実に敵になります」
ルークが補足する。確実な敵を一つ増やす費用のほうが高い。
「今はまだ違う」
沈黙が落ちた。天秤が揺れる。どちらの皿にも、数えられない重さが載っている。第一王子が言う。
「で、誰が行く」
当然の問いだった。誰が行くかで、この交渉の意味が変わる。レオンハルトは答える。
「私だ」
即答だった。
「却下だ」
第一王子が言い切る。却下、という語を弟に使ったのは久しぶりだった。
「王が出る場面じゃない」
「ここは現場だ」
「だからだ」
視線がぶつかる。だが。エリシアが言う。
「必要です」
静かに言う。代理を立てれば、その時点で試験は終わる。
「彼は“王”と対話しています」
「代理では意味がない」
沈黙。ルークも言う。
「……同意します」
「彼は王を試している」
「ならば王が応じるべきです」
第一王子が舌打ちする。三人に同じことを言われては、退くしかない。
「……分かった」
短く。
「だが護衛は最大だ」
「構わない」
レオンハルトは言う。決まった。その時。再び報告が入る。
「ガルド側!」
「物資拠点を占拠!」
エリシアが息を呑む。時間はやる、と言った男の、時間の使い方だった。
「……早い」
ルークが言う。
「交渉の材料です」
第一王子が笑う。
「やるじゃねえか」
単なる暴徒ではない。完全に理解している。構造も。圧力も。そして、交渉のやり方も。
レオンハルトは言う。
「行くぞ」
短い。だが決定的だった。王は動く。今度は、戦うためではない。話すために。
護衛が固まる直前、エリシアは王の外套の裾についた煤を、指で一度だけ払った。
払ってから、余計なことをしたと思う。
レオンハルトは何も言わずに歩き出した。払われた側が気づいていたかどうかは、分からない。
叩けば早い場面で、話すほうを選びます。
合理の面では鎮圧が正しい。それでも対話を選んだ理由を、王に長く説明させませんでした。説明できる判断は、たいてい後から作った理屈なので。
この選択に頷けたという方は、ブックマークで先を追っていただけると心強いです。




