第102話 選ばれなかった者
「統治完全崩壊!」
その報告の直後だった。遠く。煙の向こうで。音が変わった。叫びではない。統制された怒号だった。上がって、揃って、また止む。
「……違う」
ルークが低く言う。声の上がる間隔が、規則的すぎた。
「あれは暴動じゃない」
第一王子も同時に理解する。号令の入る位置が、軍のそれに近い。
「組織だな」
エリシアが目を細める。声の返し方に、拍が揃っている。
「……誰かがまとめています」
レオンハルトは視線を向ける。煙の向こう。見えない。だが分かる。もう“自然な混乱”ではない。意志がある。そして、それは――こちらに向かってくる。
「陛下」
兵が言う。声に、進言の形を保つ余裕がもう無い。
「撤退を」
「まだだ」
即答だった。その時。街の奥から、人の波が現れた。ただの群衆ではない。まとまっている。列をなしている。そして、先頭に、一人。
男がいた。粗末な服。だが目が違う。冷静だ。怒りに飲まれていない。だから危険だった。
男は止まる。距離を保つ。そして言う。
「王か」
低い声。通る。レオンハルトは答える。
「そうだ」
男は笑わない。ただ言う。
「遅かったな」
空気が凍る。第一王子が一歩出る。
「言葉を選べ」
だが男は無視する。第一王子を、視界に入れてすらいない。
「俺たちは待った」
「並んだ」
「信じた」
一歩、踏み出す。三つ並べた語は、どれも過去形だった。
「だが来なかった」
静寂。誰も否定できない。レオンハルトは言う。
「順番だ」
「知ってる」
即答だった。順番の意味を、この男は正確に知っている。
「だから切られた」
重い言葉だった。エリシアが目を伏せる。男は続ける。
「だったら」
視線が鋭くなる。だったら、の先を、彼はためらわずに言った。
「奪うしかない」
その一言で、空気が変わる。完全に。ルークが小さく呟く。
「……来た」
対立。明確な。男は言う。
「俺たちは選ばれなかった」
「なら」
拳を握る。選ばれなかった、という語を、名乗りのように使う。
「選ばせる」
第一王子が笑う。笑いながら、腰の位置を半歩ずらしていた。
「面白い」
「やる気か?」
男は答えない。代わりに後ろを示す。人々。武器を持っている。粗末な棒。刃物。だが、数が違う。
レオンハルトは言う。数を数える前に、名を訊いた。
「名前は」
男は少しだけ考える。名乗る意味を測っている顔だった。
「……必要か?」
「必要だ」
短く言う。男は言う。
「ガルド」
その名が落ちる。新しい存在だった。敵ではない。だが味方でもない。名乗った以上、話は続くということでもある。ガルドは言う。
「王」
「選んだな」
確認だった。レオンハルトは答える。
「選んだ」
逃げない。ガルドは頷く。
「ならいい」
一歩、下がる。下がったのに、圧は少しも減らなかった。
「俺たちも選ぶ」
空気が張り詰める。選ぶ、という語をそのまま返してきた。
「奪うか」
「崩すか」
「それとも」
わずかに笑う。三つ目を言うまでの間が、いちばん長かった。
「お前を試すか」
その一言で、場の意味が変わる。ただの暴動ではない。試験だ。理念の。責任の。王の。
エリシアが静かに言う。撤退の隊列を、目で数えていた。
「……彼は」
「ただの反乱者ではありません」
ルークが頷く。奪う理由を、この男は説明できてしまう。
「はい」
「思想を持っています」
第一王子が言う。
「厄介だな」
ガルドは最後に言う。背を向ける前に、もう一度だけ王を見た。
「時間はやる」
「だが」
指を立てる。
「次はない」
そして、群衆は引く。整然と。混乱ではない。統制された撤退だった。殿を務める者まで決まっている。
レオンハルトは動かない。ただ見ている。その背中を。その意思を。そして、その先にあるものを。
ルークが呟く。誰に向けた声でもなかった。
「……始まりました」
エリシアが言う。
「はい」
「これはもう」
第一王子が続ける。
「内戦一歩手前だな」
誰も否定しない。王は、選んだ。そして、選ばれなかった者も、動き出した。
ガルドが立ちます。
彼は暴徒ではなく、思想を持っています。制度の外に置かれた人が、制度を信用しないまま組織を作る。この人はここから長く残ります。




