第101話 引かれた線
その言葉が、世界を分ける。
沈黙が、長く続いた。誰も口を開かない。炎の音と、遠くの怒号だけが響く。第一王子がもう一度言う。
「どうする」
レオンハルトは、視線を動かした。右。列を作り始めた人々。まだ混乱しているが、秩序は戻りつつある。左。煙の向こう。燃え続ける区域。誰も来ていない場所。そして――空。変わらない青。
レオンハルトは、静かに言った。見比べる時間は、思ったより短かった。
「守る」
一拍。
「ここを」
空気が止まる。第一王子が目を細める。
「……限定するか」
レオンハルトは頷く。限定する、という語を、彼は否定しなかった。
「この都市を優先する」
「他は?」
短い問いだった。逃げられない。レオンハルトは言う。
「後回しだ」
静寂。重い。だが、明確だった。ルークが目を閉じる。
「……確定しました」
資源配分が。優先順位が。命の順番が。エリシアは動かない。ただ、見ている。レオンハルトを。その決断を。
第一王子が言う。確認であって、反対ではなかった。
「反発は出るぞ」
「当然だ」
「暴動が拡大するかもしれない」
「それでも」
レオンハルトは言う。守れる場所を守り切らなければ、次の場所も守れない。
「ここを崩さない」
短い。だが揺れない。その瞬間。配給列の中から声が上がる。
「……王だ」
誰かが呟く。ざわめきが広がる。
「本当に来たのか」
「見てるぞ」
「……助かるのか?」
期待と不安が混ざる。レオンハルトは前に出る。そして言う。
「全員に行き渡らせる」
嘘ではない。この“範囲では”。だが。誰かが叫ぶ。
「他の街はどうなる!」
鋭い声だった。突き刺さる。沈黙。逃げ場はない。レオンハルトは答える。
「順番だ」
一言。ざわめき。
「まずここを安定させる」
「その後、他へ回す」
論理だった。だが。
「それまでに死ぬ奴はどうする!」
叫び。怒り。当然だ。レオンハルトは、目を逸らさない。
「……出る」
沈黙。完全な静寂。
「それでも」
続ける。出る、と認めてから、そのあとを言った。
「崩壊を止める」
その言葉は冷酷だった。だが現実でもある。誰もが分かる。だからこそ重い。
男が睨む。睨みながら、袋を抱え直していた。
「選ぶのか」
レオンハルトは答える。言い換えも、和らげ方もしなかった。
「選ぶ」
迷いなく。
「そして」
一歩踏み出す。
「責任を負う」
沈黙。誰も動けない。エリシアが小さく息を吐く。ルークが呟く。
「……これが」
第一王子が続ける。これが、の先を、弟の代わりに言った。
「王か」
その時。列の中の老人が、ゆっくりと頭を下げた。
「……ありがとう」
小さな声だった。だが、広がる。次々と。完全ではない。納得でもない。だが、理解が、少しだけ生まれる。
レオンハルトは何も言わない。ただ立っている。その背中で。その時。兵が駆け込む。
「報告!」
「第四都市――」
息が乱れている。第四都市、と言ったきり、次の語が続かない。
「統治完全崩壊!」
「武装集団が発生!」
空気が一瞬で変わる。第一王子が舌打ちする。
「間に合わなかったか」
ルークが言う。武装集団、という語が出た時点で、順番の話は終わる。
「連鎖します」
「このままでは」
エリシアが静かに言う。外側の人数を、彼女は最初から数えていた。
「……選ばれなかった側が動きます」
その言葉は冷たい。だが正しい。レオンハルトは目を閉じる。一瞬だけ。そして開く。
「進める」
それだけだった。選んだ道は、変えない。
エリシアは第四都市の名を紙の端に書き、線を引かずに残した。消さないための線引きを、彼女はまだ知らない。
その紙を、王は見た。見たことには、どちらも触れなかった。
線が引かれます。
救う範囲を決めるということは、救わない範囲を決めるということです。ここを曖昧にすると物語は優しくなりますが、嘘になる。エリシアはこの場面でも、真っ先に外側の人数を数えています。冷たく見えますが、数えない人には払えません。
区切りの回なので、お願いごとは置きません。




