閑話 ルンデル、領主の元へ
その日ルンデルは完成したばかりの魔道具を持って領主の城を訪れていた。
冒険者の街と呼ばれるここガレンシアを納めるのは、ミルガリア王国において伯爵の地位を持つ貴族『レンシア伯爵家』。
この国の貴族制はトップに王族を置き、その下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵という順に地位が低くなっていく。王族は例外として、伯爵は上から三番目に偉い貴族ということになる。
祖父の代からレンシア伯爵家と付き合いのあるルンデルは、城の門をほとんど顔パスで通り抜けた。
そのまま応接室に通され、少し待っていると領主の元へ案内される。
そこは伯爵の仕事部屋、執務室だった。
「――やあ、ルンデル。待っていたぞ」
執務室に入ったルンデルを笑顔で出迎えたのは、小太りの人が良さそうな男。口元に蓄えた髭のお陰で年不相応に老けて見えるその人物こそ、現レンシア伯爵本人であった。
「遅くなってしまい申し訳ございません。なかなか調整が上手くいかず」
「気にするな。むしろ私はもっと時間がかかると思っていたぞ。それをこの短期間で仕上げてくるのは、さすがはルンデルだと驚いたぐらいだ」
「そう言っていただけますと幸いです――早速ですが、よろしいでしょうか?」
「おお分かった。茶を用意させるからちょっと待て」
すると伯爵は傍で仕事をしていた家令に何かを言い含めてどこかへ行かせる。
少しして戻ってくると、ティーポッドやカップ、茶菓子などを乗せたワゴンを押していた。それから伯爵とルンデルのお茶の準備がされ、執務室内にのんびりとした空気が流れる。
しかしルンデルは「はっ」としてここに来た目的を思い出す。
どうもこの伯爵は身に纏う雰囲気がそうさせるのか、一緒にいると気が抜けそうになる。これでよくあの家令は姿勢を崩さぬものだと感心すらしていた。
まあそれは今更の話。幼い頃は目の前の男と共に悪ふざけをして、よくあの家令に叱られたものだ。むしろあれが気を抜く場面があるのなら見てすらみたい。
そんな過去の出来事を思い出しつつ、ルンデルは今日の本題に入ることにした。
「こほんっ――こちらがご依頼されていた魔道具です」
「おお、これがっ!」
ルンデルがテーブルの上に出したのは、一本のネックレスだった。
ただしそれは、お世辞にも意匠に凝っているとは言えない無骨なもの。とても伯爵ともなる貴族が付けるような物には見えなかった。
「相変わらず装飾に拘らんところは変わらんなあ。私が付けるんだから、もっといい感じに作りにしてくれても良いだろうに」
「私は魔道具職人であって、細工師ではございませんから。ただ性能は保証いたします。伯爵のご要望通り、いえ。今回は良い素材が手に入ったため、ご要望以上の性能に仕上がっていると自負しております」
「そなたがそう言うならば、その通りなのだろうなっ。よし早速試してみよう! リゲル、例の物を持ってきてくれ!」
伯爵がそう家令に声をかけるが、しかし家令は頷くことなくそれどころか目を細めて言った。
「ロビン様……そういったことはまず、ご自身でお試しになる前に我らに使わせるように言ってあったはずですが?」
「ぐっ。し、しかしなあ。今更ルンデルの魔道具の性能に疑問はあるまい?」
「そういう問題ではございません」
伯爵――ロビンは何とか反論しようと試みるも、リゲルにぴしゃりに否定されて小さくなる。
「分かった……じゃあリゲル。まずはお前が試してみてくれ。それで安全が確認できれば、今度こそ私が使うからな!」
「承知いたしました。では――」
するとリゲルは先ほど押してきたワゴンから、何かを取り出す。
それは、恐らく魚の切り身らしきものが乗った皿だった。
しかも、生である。
ルンデルはそれを見て周りにバレぬよう小さく「ぐっ」と、息を詰まらせた。
それもそのはず。この地域、ひいてはここら一帯の国々では魚の生食などほぼしない。
他国の一部地域ではそのような風習もあると聞いたが、少なくともこのガレンシアの街やミルガリア王国には無いものだ。
だというのに目の前の伯爵は、それを見た途端に目をキラキラとさせ始める。
自分のことを相変わらず、というくせに向こうの何も変わっていないじゃないかとルンデルは内心で嘆息した。
まあそれはあの体型を見れば一目ではあるが。
まさか魚を生で――それも毒のある魔魚を食べたいがために、自分に解毒の魔道具を依頼してきたときは、遂に食道楽に頭が狂ったのかと本気で心配したほどだ。
「では――」
しかしさすがは鉄面皮と言われる家令だ。顔色一つ変えず、冷や汗すら流さずにネックレスを付けると、躊躇なく魔魚の切り身をフォークで口に放り込んだ。
「ど、どうなのだリゲル? う、美味いのか?」
「……ええ。いささか生臭くはありますが、味はいいかと。ですが、毒があるのを分かってまでこれを食べたがる気持ちは分かりかねます」
「そうかそうか!」
褒めてるのか貶しているのか。微妙に分からないラインの感想を言う家令に、一方で伯爵はとても楽しそうにしている。
飲み込んで少し経ってから、家令は何かをぽつりと呟きその視線を自分の身体へと向けた。
「ふむ。しっかりと解毒されているようです。身体に異常はありません。即効性の毒があると聞いていたので、大丈夫でしょう」
「うむっ! では「ただし」――むぐっ」
「念のために一日様子を見てからにしましょう。それまではこの魔道具は私めが預かっておきます。ロビン様に何かあってからでは遅いですから」
「そ、そんなっ……!」
愕然とした表情で泣き崩れそうな伯爵の姿を見て、ルンデルは堪えきれずにぷっと吹き出してしまった。
「なんだルンデル……笑いごとではないぞ。折角今日はと楽しみにしていたというのに。リゲルの頑固頭めっ」
「――当然だ、ロビン。お前はお前で、相変わらず自分が伯爵さまだという自覚が足りないらしい。もしお前に身に何かあったら私だって無事じゃ済まないんだ。大人しくリゲルさんの様子見を待つんだな」
「ふんっ。今更お前が魔道具作りで失敗するものかよ。何も無いと自信があったからこそ持ってきたのだろうに。はぁ~」
心底残念がっている伯爵が縋るように家令へと視線を向けるが、家令がそれに応えることは無い。一切姿勢を崩すことなく主からの視線を無いものとして扱っている。
思い返せばこのロビンという男は昔からこうだった。
剣よりも魔法よりも書よりも。この男が愛したのは何より食だった。
他のことは最低限しかこなさないのに、食にかける情熱といったら普段を知っている者が見れば仰天するほど。そのくせ無能ではないから質が悪い。
偶に無茶苦茶をする息子の姿に、ロビンの両親が頭を抱えた光景も何回も見たものだ。その中に一部、自分も関わったものがあるのは気にしない。あれは誘ってきたロビンが悪いのだから。
「はぁ……そういえば予想より性能が上がったと言っていたな。何か想定外でもあったのか? お前がそこを見誤るなど珍しい」
「いや実は、予想外のより上位の素材が手に入ったんだ。本当はポイズンバタフライの素材を使おうと思っていたんだが、偶然デスポイズンバタフライの素材が手に入ってな。それを使った結果、設計段階よりも性能が上がったというだけの――」
「で、デスポイズンバタフライだとぉ!? それはつまり、あのダンジョンでデスポイズンバタフライが出現したということか!?――リゲル。冒険者ギルドからそのような報告は?」
「いいえ入っておりません。最後の目撃情報は五年前だったかと」
「で、あるよな……ルンデル。お前を疑う訳じゃないが、本当にデスポイズンバタフライの素材だったのか?」
「それぐらいさすがに間違えんさ。あれは間違いなくデスポイズンバタフライだったと断言できる」
「ふむ……」
両者からの報告を聞き、伯爵は考えるように黙り込む。
伯爵がこれほど驚いたのには訳があった。
デスポイズンバタフライは、ある意味で災害ともいえる魔獣だ。
ダンジョンでなくとも、目撃されたのならすぐに討伐隊が組まれて派遣されるほど。なにせ振りまく毒は猛毒で、何の対策もせずに吸い込めば命は無い。
仮に対策をしたとしても、何の後遺症もなく助かる道はほぼ無いと言っていいだろう。
解毒するにも相当に高位の処置が必要である。それを待っている間に次々と患者は死んでいくことになる。領地を経営する伯爵には決して無視できぬ存在だったのだ。
ルンデルは魔道具作りを本職としており、魔獣については素材以上のことはあまり詳しくない。ゆえにその辺りを正しく把握していなかったのだ。
伯爵はそれから少しして、再び口を開いた。
「考えられるのは、我が領のダンジョン以外からの持ち込み。もしくは発見報告も上がらぬほど迅速に討伐されたか、か」
「おそらく外部からの持ち込みではないと思うぞ。私が依頼した人物は、浄化石と通常のポイズンバタフライの素材をガレンシアのダンジョンから入手してきたはずだ。彼女自身、その途中で偶然に遭遇したと言っていたからな」
「なに? その話を詳しく聞かせてくれ」
ルンデルは魔道具屋でのやり取りや、魔道具作りの教本を巡った依頼についてを伯爵に語って聞かせた。
伯爵は時折、眉をぴくぴくと動かしながらも最後まで黙ってそれを聞く。
そしてルンデルが話し終えると、面白そうに薄っすらと口元に笑みが浮かんでいた。
「テイマーの少女、か。リゲル。確か、そのような報告が街の門番から入っていたな?」
「はい。街の外にウィンドホーク四体と共に、空から飛来した少女がいたと。門番はてっきり高位の冒険者か、名のある魔法使いと勘違いしたようですが、実際は冒険者ですらない異国からの旅人だったとか」
「あの空の死神と恐れられるウィンドホークを四体も。それだけで本人の実力も、テイマーとしての実力も確かだと言える。といより驚くべきテイマーの才だ」
「加えてダンジョン探索時には、ゴブリンの上位種であるゴブリンソルジャー、ゴブリンマジシャン、ゴブリンプリースト、ゴブリンシーフも従えていたと報告が入っています」
家令から追加の報告を聞いた伯爵は再び目を丸くして驚いた。
ウィンドホーク四体だけでもテイマーとしては最上位に位置するだろう。にも拘らずまだ他にも従魔がいるのとは。
下手をすれば国一番のテイマーと言っても間違いないかもしれない。
「凄まじいな……それにルンデルの話から、魔道具作りにも興味があるらしい。ちなみにルンデルはその少女と話してどんな印象を受けた?」
「ん? んー、どこにでもいる可愛らしい普通の少女だったな。魔道具作りにも興味があるようだし、久々に教師としての血が騒ぐ気配もある。案外、私を超えるような魔道具職人になるかもしれないな」
「お前がそこまで言うかっ。これは是非とも会ってみたい。どうにか伝手を作れぬだろうか……」
「そうだな……例えば異国の料理が食べてみたい、というのはどうだ? お前らしい理由だろう。それぐらいなら魔道具作りを教えるときに、私がさり気なく聞いてみてやるぞ」
「おぉ!! 気になる! それは気になるぞ! 異国かぁ。どこの出身なのか分からんが、冒険者ギルドすらない遠いところかもしれん。これは期待できるぞぉ……!」
「あまり期待するなよ……」
すでに食事を作ってもらえる気になっている友に、ルンデルは再び嘆息を吐いたのだった。
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