第十七話 ガレンシアの街の怪奇
ルンデルさんは少しして奥から戻って来た。何冊かの図鑑みたいな大きさの本を抱えている。
「よっと――いやぁ、お待たせしました」
「それは別にいいですけど、この本ってもしかして……」
「はいっ。お客さんご所望の魔道具作りの教本ですよ」
そう言うと分厚い本の山にぽんっを叩く。ぽんっ、というかどんっって感じだけど。
というかでかっ!? 分厚っ!?
教本っていうから学校の教科書みたいなの想像してたけど、こんなに大きいの? もはや百科事典とかそういうのじゃん!
「お、大きいですね」
「一口に魔道具作りといっても使う素材などによって様々に条件が変化しますから。それを記載しようとすると、どうしてもこれだけの量になってしまうんですよ」
「へぇ……」
頬が引き攣るのを感じつつ、試しに一冊手に取って捲ってみる。
一ページの大きさがA4ぐらいで、そこに文字やなんかの図がびっしり書かれている。
これ一ページ読むだけでどんだけかかるんだ、と軽く絶望する。
するとそんな私の様子を見てか、ルンデルさんは苦笑しながら問題無いと言う。
「条件に出した通り、基本的な作り方は私が教えます。そこはご安心ください。ですのでこの本は、そうですね。作りたい回路や使いたい素材の加工方法が載っている参考書、ぐらいに思っておけばいいでしょう」
「そ、そうなんですか。それならまあ、何とかなるかも?」
「そこはお客さんの根気次第でしょうかね――そうそう! それからこの本も差し上げようと思って持ってきたんです!」
そう言いながらルンデルさんが手に取ったのは、本の山の上に乗っていた一冊の手帳みたいなサイズの本だった。
他に比べてもかなり年季が入っているというか、一冊だけ異彩を放っている感じ。なんだろう。
「それは?」
「これはですね……あまり大きな声では言えませんが、錬金術の本なんですよ」
なぜかルンデルさんは声を潜めてそう言った。
錬金術といえば、地球でも昔そういった技術というか学問?があったはず。だけど結局はゲームとかでよく見かける空想科学みたいな扱いになってたはずだ。
でもこの魔法がある世界ならそれも珍しくないはず――と思ったけど、ルンデルさんの様子からしてそれも違いそう。
念のため私も声を小さくして問い返した。
「あの。なんで大きな声では言えないんです? 錬金術ってそんな危ない技術とかだったりするんですか?」
「ご存知なかったとは驚きました……もしやお客さん、異国から来た方だったりしますか?」
「ええ、まあ。もっと東の方の出身で、この辺りには最近来たんです」
「なるほど、それで。ではご説明します。錬金術は――」
そうしてルンデルさんが語ったのは錬金術の歴史だった。
大昔は魔法と同じぐらいこの世界でも錬金術は盛んに使われていた。その時代は今では高度古代文明なんて呼ばれてるらしい。
だけど何かのきっかけがあったのか、それとも無かったのか。なぜか錬金術の技術のみが徐々に廃れていった。当然使い手も減っていき、今では錬金術を使える人間というのはほぼいないらしい。
僅かにいる錬金術師はそのほとんどが国など大きな組織によって超好待遇で抱え込まれているらしい。
そしてその技術も外に出ることはなく、門外不出のものになっている。
結果、世間一般では錬金術という存在は忘れ去られることになる。ほんの一握りの人間だけが知っている幻の技術的なものに――
「えっ。じゃあなんでその本がここに? もしかしてルンデルさんって錬金術師なんですか!?」
「とんでもないっ。私はしがない魔道具職人ですよ。その本は私の祖父ランデルが手に入れたものと聞いています。ただその中身を確かめようにも誰も錬金術のスキル持ちはおらず。かといって処分や人に譲るのも、それはそれで騒ぎになるし勿体ない。という訳で今の今まで死蔵していたものなんです」
「……じゃあなんでそれを私に? 私がもらっても意味ないと思うんですけど」
「なんで、でしょうねえ。そう言われると私も弱い。ただお客さんに何かお礼をしようと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのがこれだったのです。ついさっきまで忘れていたはずなのに急にこれを思い出して。これは何かの縁なんじゃないか、と。どうせ私が持っていても意味の無い品ですから」
錬金術…………あ。あるわ。
アイテム生成で検索かけたら、すぐに錬金術のスキルスクロールが見つかった。つまりダンジョンマスターなら簡単に作れるってことになる。消費魔力もさして高くない。
う~ん、ちょっと怪しい。
こんなに簡単に作れるなら、他のダンジョンで入手できてもおかしくないはずだ。ダンジョンが人を集めたいなら、これを宝箱に入れればかなりの集客が見込めるんだから。
いや、世間一般での認知が低いとか言ってたっけ。
だったらそもそも興味が無い。もしくはダンジョンマスター側もこれが貴重な物だって分かってない可能性がある?
「もしよければ、見るだけ見せてもらってもいいですか? さすがに受け取るにも判断材料が少なくて」
「もちろん構いませんよ」
「それじゃあ遠慮なく」
そしてぱらぱらとページを捲ってみて――
「これにしますっ。これがいいです!」
「お、おお。勢いが凄いですね。ええ、私から提案したことですから差し上げることに否やはありません」
「ありがとうございますっ!」
これは、私に新たな可能性を齎してくれる技術だ。この手帳にはそれが書かれている。これが本当なんだとしたら、必ずこれは手元に置いておきたいっ。
「……厚かましいかもしれませんが、一つお願いをしてもいいでしょうか。もしお客さんが錬金術に成功したのならば、私にもそれを見せていただけないでしょうか? もちろん、誰かに言いふらすような真似は神に誓って致しません!」
「うーん、いいですよ。まあ何時になるかは分かりませんけど」
「ははっ、道理ですな。どうか私が死ぬ前にはお願いしますよ。その日を楽しみに待っています」
こうして私は魔道具作りの教本と錬金術の本。そしてルンデルさんのお店で売っている魔道具を幾つかもらって帰路についた。
魔道具作りを教えてもらうのはまた後日ということになっている。
今から領主様に頼まれた魔道具を作るから、その後でって。二、三日で完成するそうだから多めに見積もって五日後にまたお店を尋ねることになった。
そんなやり取りをしていたからか、辺りはすっかり暗くなってしまった。南側のお店が立ち並ぶエリアはともかく、西側に近づくと徐々に人気も少なくなってくる。
この分なら誰かについてきてもらえばよかったかも――なんて後悔している時だった。
「――おい姉ちゃん」
背後から声をかけられた。男の声だ。
振り返るとそこには人相の悪い男が三人立っている。
「……なんか用ですか?」
「ああ。こんな夜更けに姉ちゃんみたいな年頃の女が一人で歩くのはあぶねえだろう? だから俺らが家まで送ってやろうと思ってな」
「「ぐへへっ」」
ヤバい。典型的なナンパ野郎に絡まれた。
まだ日本にいた頃の感覚が抜けてなかったみたい。そうだよね。海外とかでも夜道の女性の一人歩きは危ないって相場が決まってる。もう少し警戒しておくべきだった。
「そういうの大丈夫なんで」
「遠慮するなよ、悪いようにはしねえさ。ただちょっとお礼をしてもらうことになるけどなあ?」
「お礼、楽しだなあ~」
「ぐへっ。もう待ちきれねえよ」
こっちの話なんて聞いちゃいない。
不味ったな。自分自身の自衛能力を後回しにしたツケが回ってきた。街に来るときも、ダンジョン探索したときも仲間のモンスターたちがいた。だけど今はそれがいない。
どうやってここを切り抜ける?
<ダンジョンマスター>は……ダメだ。あれは瞬発力にかける。
他に私が出来ることは、付与魔術と――そうだ土魔法があるっ。あれで私と男達の間に壁を作ってもいいし、そうでなくても落とし穴でも作ってやればいい。
「ほら。さっさと行こうぜ――」
男が私の手を掴もうと迫って来るのに合わせて私も土魔法を発動――させる前に、何かが私達の間に割り込んできた。
「……」
「あ? なんだお前ぇ?」
「マジで誰……?」
どこからともなくシュタッと降って湧いたのは、多分人間だった。
多分というのは、その男の背中からはコウモリみたいな羽が生えていたから。
「……やめろ」
そういうとコウモリ男は、絡んで来た男の腕を捻り上げる。
「いでででっ!? な、なにしやがるんだテメェ! 俺はただそこの姉ちゃんを」
「問答無用っ!」
「ぶべっ!?」
「「あ、兄貴~~!?」」
体格の差はコウモリ男の方が小柄なはず。にも拘らずコウモリ男は自分より大きな相手を、軽く突き飛ばして地面に転がした。
「これ以上やるなら……次は手加減しないっ」
「くっ!――おい、行くぞてめえら!」
「「は、はい!」」
得体の知れないコウモリ男に恐れをなしたのか、三人組は悪態をつきながら去っていった。
あとに残ったのは私とコウモリ男のみ。
でも警戒は緩めない。だってこっちの人の方がさっきより百倍も怪しいから。
「……っ」
「あっ」
だけど私の心配虚しく、コウモリ男は羽を羽ばたかせるとその場で飛び上がり、来た時と同じようにどこかへ飛んで行ってしまった。
もしかして純粋に私を助けてくれただけってこと?
だとしたらちょっと悪いことをしてしまったかも。というかお礼すら言えてない。まずはそれだけでも言っておくべきだった。
それにしても――
「世直しをするコウモリ男……なんだか都市伝説にでも出てきそう」
ていうかこの街あんなのがいるのが普通なの?
ともかく結果何事も無くクレアの家に帰ることが出来た。
クレアにさっきあった出来事を話してみると、なんとこの街で少し前から噂になっていたらしい。
特にこの西側区域で目撃情報が多く、さっきみたいに時折人助けをして去っていくんだとか。姿形からして魔族なんじゃないかと考えられてるんだと。
「魔族って?」
「姉ちゃん知らないのか? 魔族っていう種族のことだよ。ソイツみたいにコウモリ、というか悪魔の特徴があったり、あとは魔獣に似た特徴を持ってるやつもいるらしいぞ。まあでもこの変じゃほとんど見かけないけどな」
「へぇ~。本当に何者なんだろうね?」
「さあ? あ、でも姉ちゃん気を付けろよ! 美人なんだから変な奴に襲われてもおかしくないんだからな!」
「そうですぞ、マスター。もっと我々の主としての自覚をもっていただかないと――」
そうしてクレアとせんせいに説教された末に、外出する時は必ずモンスターを一体以上お供にすることを義務付けらえてしまった。
私の方が立場が上だというのに解せぬ。
ま、まあいいんだ。それよりも私にはもっとやらなくちゃいけないことがある!
さっきもらってきたあの錬金術の本。今はそっちの方が大事!
早速色々試させてもらうとしようっ。
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