第十二話 新しい可能性を求めて
店を出る時、気になってたルンデルさんのお父さんの名前を聞いてみたら――
「父ですか? ロンデルですよ?」
リじゃなくてロだった。
この店の店主はランデル⇒ロンデル⇒ルンデルという順番らしい。次がリンデルとなるのかレンデルになるのか分からなくなった。
いやまあ、どうでもいいんだけど。
それよりも、だ。
「ということで。私はダンジョンに行くことになりました。なのでクレア。暫くお仕事はありません。今日のお駄賃は渡すから、これもってお家に帰りなさい」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ姉ちゃんっ! どうしてそんな話になるんだよ!?」
いや、だって。いくら雇ってるって言っても、さすがにこんな子どもをダンジョンに連れて行く訳にはいかないでしょ。
そもそも私自身が戦闘能力皆無なんだよ。それなのに追加で子どもを連れて歩く余裕なんてあるはずもない。それを丁寧に説明したんだけど――
「大丈夫だっ。自分の身ぐらい自分で守れる! それにダンジョンだったら荷物持ちが必要だろ? 戦うのは得意じゃないけど――それぐらいならあたし出来るぞ!」
「自分で戦うの苦手って言ってるじゃん。さすがに無理。そこまで責任持てないって」
「じ、じゃあ責任なんて持たなくていいからっ!」
「それも心情的に無理。もしクレアになんかあったら、私絶対にトラウマになる。知り合いの子が血を流すところなんて見たくないし」
「うぅ~~……!」
クレアはどうしても連れて行けと駄々をこねる。だけど何と言われようと連れて行く気は無い。
雇うと言った手前、その約束をすぐに反故にするのは悪いと思ってる。だけどそれとこれとは話が別だ。
「ほら。また帰ってきたら雇ってあげるから」
「……どれぐらい行くんだ?」
「んー、分かんない。何せダンジョンに行くのなんて初めてだし。魔獣を見つける手間とかもあるから、少なくとも一週間はかかるんじゃない?」
「それじゃあ駄目だ! その間、仕事が無いのは……!」
「うーん…………じゃあこうしよう。お家の人がオーケーを出したら連れて行く。だけどダメならすっぱり諦める。これならどう?」
「分かった! じゃあ今すぐ行こう! 姉ちゃんもついて来て!」
たしかクレアの家は病気のお母さんがいるはず。
そんな人が娘をダンジョンに連れて行く許可なんて出すはずもない。というか普通の親だったら、子どもが危険な場所に行くのを止めるはずだ。
クレアには期待させて申し訳ないけど、ここは親の手を借りてすっぱり諦めてもらおう。
場所は戻って、最初にやってきた街の西側。
閑散とした雰囲気が漂うそこの一画にクレアの家があった。
身も蓋も無く言うと、ボロい。
ランデル魔道具店は同じボロいでも、それなりに赴きがあった。
だけどクレアの家は何というか、シンプルなボロさがある。
クレアの話から察してたけど、やっぱりって感じ。
「ただいまー! 母さん、体調はどうだー?」
「お邪魔しますー……」
中に入ると、こじんまりとしつつも家族で囲むには十分なぐらいのテーブルが置かれていた。
でも、少し埃っぽいかも?
お母さんは病気みたいなこと言ってたし、あんまり家事とか出来てないのかもしれない。でも掃除ぐらいしないと逆に身体に悪いでしょ。後でクレアに言って掃除と換気をさせよう。
そんなことを考えながら、異世界に来て初めて入った家をきょろきょろ見回しているときだった。
「――母さんっ!」
クレアの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
ただ事じゃないと思って、すぐに声のした方に向かう。
「母さん! 母さんっ! しっかりして!!」
寝室の床の、クレアの母親らしき赤髪の女性が倒れていた。
おそらくはベッドから起き上がってそのまま倒れた感じだろう。だけどクレアの呼びかけにも母親は一切の反応を見せない。気を失ってるらしい。
「姉ちゃんっ! 母さんがっ!?」
「分かってる。ちょっと待って――」
クレアをどかして母親の隣にしゃがむ。
胸に耳を当てると、心臓の鼓動はしっかりと聞こえた。少なくとも死んではいない。だけどちょっと早いかも。呼吸もちょっと早くて浅いかもしれない。
一刻の猶予も無いレベルで不味い状態、なのかもしれない。
本当ならさっきの治療院のおじいちゃん先生のところに行くか、呼ぶかをすべきなんだろう。
でもそこまで時間に猶予があるのか分からない。それにこの人を動かしていいのか分からない。下手に動かして具合が悪化なんてしたら目も当てられない。
……残念ながら私には、医学の心得なんかは一切無いのだ。
母親の身体がどんな状態なのか全く分からない。だからいくらクレアに懇願されても、一か八かで医者を呼ぶぐらいしか私には出来ない。
――いや、そう決めつけるのはまだ早いな。
「<ダンジョンマスター>」
頭の中に使い慣れた画面が浮かんでくる。
良かった。ダンジョンじゃ無くても権能は使えるみたい。
ダンジョンマスターの能力を使って出来ること。その中でこの人の治療に使えそうな方法は、ぱっと二つ思い浮かんだ。
一つ。医術に長けたモンスターを作って母親の診断をさせること。
一つ。身体の不調を治すアイテムを作って治療すること。
……ここは間を取って、良いとこどりといこう。
まずはモンスター生成から、怪我や病の治療、医術に関係するモンスターを検索する。
いるかどうか心配だったけど、それなりの数がヒットした。
その中から更に欲しい能力を持ったモンスターを探して……こいつでいいや。
「モンスター生成『セージマンドレイク』!」
部屋の中に現れたのは、木に顔がついた人型のモンスター。それはすぐに私の前で片膝をつくような体勢になる。
「ご挨拶申し上げます、マスター。セージマンドレイク、ただいま参上しました」
「そんなこといいからっ。それよりその人の身体を見てあげて。病気らしいの」
「ほほっ、忙しないですのぉ――ですが一刻を争う状況と見えます。承知しました」
すると言うが早いかセージマンドレイクは母親の身体を診察する。どうやるのかと思えば、手の先から伸びてきた木の枝を母親の全身に翳すだけ。
あれで本当に調べらえてるのか心配だけど、ここは信じて待つしかない。
不安そうな視線を投げてくるクレアには「私の従魔で医術に詳しいモンスターなの。今診て貰ってるから少し待ってて」と伝えた。
それでもやっぱりよく分からない存在が不安なんだろう。
クレアは私の手を握ったっきり離さない。少しでも不安が和らげばと、私もその手を握り返す。
「――なるほど分かりました」
「どうだったの?」
「かなり性質の悪い風邪を拗らせたようです。その上、過労と栄養不足が祟って身体がかなり弱っている」
「それで、どうにかできるのっ!」
「ええ、問題ありませんぞ。少々お待ちを――」
するとセージマンドレイクは頭に生えていた葉っぱを二、三枚千切る。それを両掌で挟み、少ししてから開けると葉っぱは粉状になっていた。
母親の身体を太い枝で慎重に支えながら上半身を起こし、たった今作ったその粉を飲ませる。
「これでもう大丈夫。あとはしっかり休んで栄養のあるものを取れば、一週間もあれば元気になるでしょう」
そう言いながら、母親の身体をベッドに運び横たわらせる。
母親の顔は確かにさっきまでの苦しそうなものから、眉間の皺が取れ落ち着いたものに変わっている。
「ありがとう、セージマンドレイク。助かったよ。で、悪いんだけど。もう暫くその人の様子見ててもらえるかな? 具体的には身体の調子が戻るまで」
「ええ、もちろん構いませんとも。儂としても、病人を放置するのは心配ですからな」
「じゃあよろしく――という訳でクレア。しばらくはこの人、じゃなくて私の従魔がお母さんの様子を見ててくれるから」
「えっと。よ、よろしく?」
「ええ。よろしくお願いします、クレア殿」
取り合えずお母さんの方はセージマンドレイクに任せて、私とクレアは一旦リビングの方に戻った。
まだ少し落ち着かない様子のクレアに、アイテム生成で作ったハーブティーを淹れて飲ませる。私も一緒に飲んで、そこでようやく一息ついた。
「……さて、クレア。分かってると思うけど、さすがにこんな状況で君をダンジョンに連れて行くことは出来ない」
「……うん」
「目が覚めた時にクレアがいないのも心配するだろうし。というかセージマンドレイク一人を残していく訳にもいかないからさ」
「分かってる。分かってるけど……また姉ちゃんに借りが出来た。どうやって返せばいいんだよ」
子どもが借りとか何言ってんだよって思ったけど、クレアにとってはそれが普通なんだから下手な事は言わない。
そもそも返して欲しいとも思って無いんだけど。どうせダンジョンの魔力を使ってやったことだし。時間が経てば勝手に回復するもんだしね。今回使った分だって一日もあれば余裕で取り戻せる。
でもこの子は気にするんだろう。
一方的に施されるってことに慣れてないんだ。
まあ自分の身になって考えてみると、たしかに何かお礼をしなきゃって気持ちは分かる。
とはいえ、ダンジョンに連れて行くのは当然無し。
それに病人のお母さんをほったらかして、他の仕事を頼むっていうのも気が引けるんだよなあ。
何かちょうど良さそうなものはないかと考えていると――ふと、部屋の中にあった野菜に目が止まる。
「――クレアって畑仕事とか出来る? 野菜育てるのとか」
「ん? やったこと無い。で、でもっ。やれって言われたら頑張って覚える!」
「となると必要なのは移動手段か……」
私としてもここと自分のダンジョンは行き来するつもりだから、簡単な移動手段があればそれに越したことはない。
でもぱっと思いつくそれが、あのどこでも行けるドアしか出てこないんだよなあ。前に作るのを挫折したんだけど。
……一つ、考えていたことがある。
あのドアと、任意の物を取り寄せるバッグ。あれって原理的には同じなんじゃないか、と。
結局はこっちの空間と向こうの空間を繋げてるだけだし。それがドアかバッグかの違いだけ。
であれば、今の私なら作れてもおかしくないはずなのだ。
試してみる価値は十分にある。
「ちょっとだけ作業してもいい?」
「べ、別にいいけど……どうしたんだ姉ちゃん。何で笑ってるんだ?」
気付かないうちに口角が上がってたみたい。
だけどここで興奮しないっていう方が無理な話だっ。
そうして私はクレアが見守る中、秘密魔道具の新しい一歩を踏み出すべく作業を始めた。
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