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異能モノノケ録  作者: 長尾景虎
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第8話 とある恋心と関西弁2


 学園生は基本的に、鬼の討伐に出た翌日の登校は免除される。

 しかしその日の昼、公浩は学園長室に呼び出されていた。


「鬼には等級を二段階に分け、それぞれ五級から特一級まであるのは知っているな、おぅこら」


 それは退魔師であれば誰もが知っている、酸素が無ければ息が出来ないと言うのと同じレベルの常識だ。

 学園長が今さら過ぎるとも思える質問をした理由は明らかだった。


「昨晩の討伐はお前を合わせて11人。お前以外のやつらは全員が上三級か二級ぐらいの強さだったはずだなぁおい」


「仰る通りかと」


「その戦力で一級以上の鬼と出くわした場合………通常ならどうするべきだと思う、ああん?」


 公浩は満面の笑顔で答える。


「捻り潰します」


 バンッ!!


 今回は壊す程ではなかったが、デスクを思いっきり叩く音が学園長室に響き渡る。デスクが壊れなかった事にジェーンはほっとしていた。


「実力に見合わない鬼を発見、もしくは接敵した場合、撤退の後、報告と応援を要請するんだよタコが!!」


「お恥ずかしい話、二級の鬼一体を囮にされて残りに取り囲まれまして。あのまま撤退を強行していれば、仲間の被害は免れなかったかと思われます」


 バンッ!!


 またも机を叩く音が響く。そのたびにジェーンは物が壊れないか冷や冷やしなければならず、とてもではないが気を抜けないでいた。


「白々しい事を抜かすな。お前程のやつがそんな単純な罠を見逃すはずがない。あたしの言ってる事が買いかぶりとは言わせねえぞ」


「過分な評価は嬉しい限りです。ですが、もし僕がわざと撤退せずに罠に飛び込むとしたなら……それはきっと自分の力を見せつけて仲間の信頼を得ることと、少しでも使えるように仲間の戦力を底上げするためじゃないかなー、と考えられますね」


 亜笠の機嫌は目に見えて悪くなっていく。片眉が怒りのあまりピクピクと痙攣している程に。

 だが、亜笠は怒りを抑え、深くため息を吐いた。ほとんど諦めにも似た様子で。


「お前の言うことは、本音なのか憎まれ口を演じてるだけなのか判断に困るな」


「学園長先生はお若くて美人でいらっしゃいますね」


「くそ、今のはどっちだ? 世辞か、本音か………」


「ごほん! 学園長、今のが本音に聞こえたのでしたら、彼が本気かを探るより、ご自身の正気を疑われた方がよろしいかと」


「んだと!? ジェーン、もっぺん言ってみろ!!」


 はたから見ていて、言い争う二人からは学生の親友同士のような気安さが感じられる。

 公浩はそれを微笑ましく見守っていた。


 やがて一段落すると、亜笠は椅子の背にどしっと体重を預け、疲れた……と言うかは面倒くさそうな声で公浩に告げる。


「ああ……もういい、分かった。今回に限りお咎め無しにしといてやる。以後慎め。以上終わり、帰って良し」


 亜笠はしっしっと手を振って見せる。公浩は「失礼しました」と言葉を残して学園長室を後にした。

 パタンという音と同時に扉が閉まるのを見届けて、亜笠の癇癪で備品が壊れなかったことにジェーンはとりあえず安堵する。


「なかなかの逸材みたいですね。この時期に彼のような戦力は得難いですから助かります」


「底は見えないし考えも読めないし得体が知れないし………斑鳩の報告通り、曲者すぎて頭が痛くなる。ジェーン、ほんとにアイツの事はちゃんと調べたのか? アレがどうして今まで無名だった」


「元々からして才能の片鱗は見せていたみたいです。以前いた所では真面目な性格ばかりが前に出て、ずっと誰かの影からサポートに徹していたとか。戦力データとしては体術が特に抜きん出ているとありましたね。この学園に来てようやく頭角を表す気になった……という風に私の目には映りますが」


 亜笠は最初に目を通した黒沼公浩という学生のデータと、実際に会ってみて受けた印象には正直違和感を感じていた。

 しかし、書類の上でも身辺調査の結果からも何も出ない。それもあってジェーンの公浩に対する見方がわずかに甘くも思える。

 十中八九、亜笠の考え過ぎだろう。そして聞いた通りの野心家ならば、亜笠としては望むところだ。


(望むところ、ではあるんだが……どうにも引っ掛かる。とは言え、これ以上何かできるわけでもなし………ま、ほっといても大丈夫だろう。斑鳩のやつも目を光らせてるみたいだしな)


 ここしばらくは考えることが多すぎて疲れ気味だった。

 橘花院士緒 復讐 封印。事態に連動するように、鬼の勢力もちらほら動き始めている。

 四宮洋一郎が死んだ事によって鬼と退魔師の勢力図に変化が生じたのだ。そこから今日(こんにち)まで、ほぼ休み無しで来ている。問題の一つくらい、信頼する生徒たちに任せてもバチは当たらないだろう。


 亜笠は、これ以上問題は起きてくれるなと、切実な思いで願っていた。



           ★



「おっす転校生、昨夜はご活躍やったみたいやないか」


 放課後、アパートへの帰り道で公浩は快活そうな笑顔を浮かべた女子生徒に話しかけられた。

 その顔には見覚えがあった。梢が作った一級レベルの影に止めを刺した生徒会役員だ。


「君は?」


「まあ、そう警戒せんと。ウチは生徒会の浪川っちゅうもんや。ちょいと噂の転校生に突撃インタビューをな」


「生徒会ではブンヤの真似事までなさるんですか? どうりでお忙しいはずだ」


 凛子は軽く目をパチパチとして多少驚いた様子が浮かぶ。しかし、すぐにからっとした雰囲気に戻った。


「いや~、聞いてた通りやけど、いきなり嫌味をぶっ放されるとは思わんかったわ。なんや自分、機嫌でも悪いんか?」


「笑顔で近づいてくる関西弁の女性は信用するなと、曾祖父の遺言でしたので」


「はあ~、それは難儀な遺言を受けたもんやな。ウチみたいな美少女つかまえて最初に向ける目がそれやなんて、人生損しとるよ?」


 二人は互いの表情をじーっと見つめ、観察し合う。

 やがて数秒間の沈黙を経て、公浩が堪えられずに軽く吹き出した。


「ぷ………はは、冗談ですよ。お気を悪くしたなら謝ります。ただ、今のように人に呼び止められて嫌な思いをしたばかりなので、ちょっと感じ悪いところを見せて反応を見たかったんです」


「ああ、独楽石(こまいし)家の出来損ないの三男坊やろ? あのド阿呆は生徒会でも目ぇ付けとってん。ほんま済まんな、嫌な思いさせてもうて」


「謝らないでください。僕の方こそ問題を起こしてしまって、申し訳ない思いですので」


 僕の、の下りは心にも無いセリフではあるが、実際に口に出してみると少々目立ち過ぎる行動だったかと、ほんの少しだけ反省の気持ちが無くはないことに気付く。

 元々、生徒会入りが決まっていた時期に問題を起こした点は褒められた事ではない。

 いかに“六家”への因縁があったとは言え、今後はもう少し控えるべきだろうと考えていた。


「それはそうと、これから時間あるかー? ちょっと駅前で茶でもしばかへん?」


「お茶ですか、良いですね。あなたのような可愛いらしい方とご一緒出来るなら喜んで」


「わははは!! なんやねん、もう! さっきと言ってる事に落差ありすぎやろ! しゃーないから奢ったるわ」


 凛子と公浩は並んで駅前へと向かう。

 その間、凛子と二人。明るく、そして機嫌良く会話を弾ませた。



           ★



 駅前の雰囲気の良い喫茶店にて凛子はアイスコーヒーを、公浩はアイスココアとミルクレープを注文した。


「なんやなんや自分、ココアとかお子様かいな。さもなくば女子か」


「男が甘党だって良いじゃないですか」


 そう、黒沼公浩(・・・・)は甘党なのだ。

 生徒会なら公浩のデータを見ていてもおかしくはない。士緒も甘いものは嫌いではないし、どこまで黒沼公浩のデータがあるか分からないが、ちょっとした注意程度には神経を使っていた。


「ところで、僕に何かお話があったのでは? 雑談でしたら、ここに来るまでに十分しましたよね?」


「まあ、その通りや……せやけど落ち着かんなあ。自分のそのしゃべり方、何とかならんの?」


「お望みとあらば直しますよ。ええ、こほん……今日はいい天気だね、浪川さん」


「そこ、呼び方も凛子でええよ。風音とも名前で呼びあってんねやろ? ウチも名前で呼ばせてみた時の風音の顔が楽しみやないか」


「では凛子さんで」


「ん~、まあええやろ。ほならウチも自分のこと公浩って呼ばせてもらうわ」


 公浩はアイスココアに乗ったクリームをストローで崩しながら「妥当なところだね」と言ってニコッとして見せる。

 好意的なものだが、凛子の快活で人懐っこい笑顔とは違い、どこか壁を感じさせる笑顔。

 凛子はそれを悪くは捉えない。壁を作るなど、誰しも少なからず当てはまるのだから。

 むしろ、何の前情報も無しに初対面の相手に壁を作らない事の方が珍しい。どうかしてると言い換えても良いくらいだ。

 凛子の、目の前の男子生徒への第一印象は、決して悪くはなかった。


「それでやな公浩。自分に聞きたい事があんねん」


 凛子の顔が真面目なそれへと変わり、公浩も気持ち腰を据える。


「公浩、自分……………彼女とかおる?」


「……………」


 ポーカーフェイスには自信があった士緒ですら、一瞬だけキョトンと呆けてしまうのを抑えられなかった。立て直すために、ココアをもう一口。


「おかしいな。真面目な話だと思ったんだけど」


「マジメもマジメ、大マジメや。誤魔化しとらんと早よ答えんかいっ」


「別に誤魔化したわけじゃ……ええと、交際してる女性ならいないけど」


「……ホンマか?」


「ホンマや」


「信じてエエな?」


「信じてエエよ」


 凛子は公浩の顔を穴が空きそうな程じろじろと見る。そして納得したのか、乗り出していた身を引いてコーヒーを一口含んだ。


「まあ確かに……せやな。公浩、モテそうには見えへんしな。ついでに自分、鈍いって言われるやろ」


「………? 不思議な事によく言われるよ。なんで分かるんだい?」


 梢を筆頭に、特に女性から多く言われ続けてきたが、忠告もむなしく今日(こんにち)に至る。梢曰く、『無意識で無自覚のドン・ファン』とのことだ。

 凛子は苦労を匂わせる溜め息を吐いた。


「いや、なんでもないねん。そ れ よ り も、や。だったら好きな奴はおるんか? 気になる奴でもええ」


「はあ……別にいないけど」


 凛子は「ほお~、そうかそうか」としきりに頷いている。何やら悪そうな顔になっているのを、公浩は見逃さなかった。


「いや、悪いな。不躾な質問してもうて。不躾ついでに他にも質問あんねんけど」


 凛子はそれから公浩の好きな物、嫌いな物、趣味、特技、などなど様々な質問をした。

 士緒としては、(ふむ……これは疑われている、と見るべきでしょうか?)などと考えている。

 しばらくの質問攻めの後、逆に公浩からも切り返す。


「僕からも質問していいかな?」


「なんや? スリーサイズなら上からはちじゅ――――」


「なぜ僕の事をそんなにも聞くんだい? 僕に何か気になる点でも?」


「それがウチのスリーサイズよりも気になる事か? 公浩はかなりの純粋くんやな」


「是非とも聞きたいな。出来れば凛子さんも真面目に答えてほしいんだけど」


 公浩はニコッとしながらも有無を言わさず真剣な空気に持っていった。

 凛子は苦笑を浮かべ「分かったがな」と言って両手を挙げて見せた。


「実はな、自分に惚れてまった女子がおんねん。誰とは言わんけど、ウチはそいつから相談を受けた身ぃでな」


「なんと……」


 士緒は一目惚れというものをあまり信じていない。

 しかし転校生であったり、何かと目立つ出来事、大立ち回りもあった。

 おまけに転校早々に生徒会や風紀委員会から勧誘を受けるなど、優秀さも喧伝する結果になっている。

 顔の売れた人物なら、喩えほとんど知らない相手だとしても、好きになる事は無くはない………とまあ、納得は出来る。


(女子の知り合いは何人かいますけど、どなたもそんな素振りは見せなかったですし)


 風音は露骨とまではいかないまでも、傍から見ればまあまあ分かりやすい様子ではあるのだが。

 無自覚なプレイボーイ(ドン・ファン)の本領を発揮した形であった。


「そこでや、公浩。短刀直入に聞くねんけど、自分……どんな女が好みなんや?」


 士緒は学生生活は送ったことは無いが、年齢的には社会人でもおかしくはないのだ。にも関わらず、今まで男女交際や初恋はおろか、好みのタイプを考えたことすら無い。

 公浩は腕を組み、頭上にクエスチョンマークを浮かべて考え始める。

 たっぷり一分ほど考えたが答えは出ず、代わりに凛子が痺れを切らした。


「だあーーっ! はっきりせんやっちゃな! だったら、せやな……風音と風紀委員長やったらどっちが好みや?」


「風音さんと斑鳩さん? うーーーん……………どちらも魅力的だとお――――」


「アホな事ぬかすなこのハゲ! 簡潔に答えい! なら風音と会長やったら!? 風音と副会長やったら!? 風音とウチやったらどっちがええねん!!」


「?? なぜか全部に風音さんが入ってるような……」


「細かい事気にするんやない! って言うか自分、風音とおる時間が学園の生徒で一番長いやろ? なんかこう……なんか無いんか? こう、ムラムラくるとかそういうの!」


「ムラムラって……風音さんとは知り合って間もないし、優しくて頼りになる良い友達だから、そんな邪な考えを持つなんてあり得ないよ」


 公浩の言葉に力を奪われたかのように、またしても乗り出していた凛子がストンと椅子に吸い込まれる。

 凛子は背もたれに体を預け、腕をぶらーんと脱力しながらしばらく天井を見上げていた。


「なあ公浩……自分、今誰かに告白とかされたら、どないする?」


 相変わらず天井を向いたままの凛子に公浩は答える。


「今は誰かと交際する気は無いから、断るだろうね。僕はまだまだ子供で、一人前とはほど遠い。色恋は立派な大人になってから考えるよ」


 それはあくまで学生に成りすました身としての言葉。士緒としては真面目に答えるに値しない、あまり興味が無い話だった。


「そうか……自分がすぐにでも恋をしたいと思うようになるのを祈っとるわ」


 凛子は「後は風音の努力次第でどうにかなればええんやけど」と声にならない程度に口にして、ぬるくなったコーヒーを一息に飲み干すのだった。



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