第7話 とある恋心と関西弁
「えっ!? 公浩くん、縁に盗られたんですか!? それに今夜から早速遠征なんて………」
夜、風紀委員の鬼狩りの間、生徒会の役員数名は学園の生徒会役員寮で待機していた。
そこで、黒沼公浩が風紀委員入りした旨を梓が聞かせていたところだ。
「……ごめん、やむを得なかった」
「まさか斑鳩さんが、あんな写真を持ってたなんてね。不覚だったわ」
「あ、あんな写真……会長の……ごくっ」
「…………」
「いたたたた!! 冗談やないっすか会長! 別にやらしいこと想像したんと違うねんって! だから肩だけは! 肩だけははずさんといてー!」
凛子がいつも通りの扱いを受けているなか、風音は梓をジト~っと冷めた目で見つめていた。
「まさか会長が保身に走るなんて…ガッカリです」
「……立場が逆なら風音も同じことをしたはず。耳を貸して」
梓は風音の耳元で小さく話す。詳しくは語らないが、風音の共感を得やすい言い回しで説明した。
例えばだが……風音がお父さんの頬にチューをして大好きを連呼している動画みたいなものである、と。
「なんと言うか……………仕方ないですね」
「なんや? 何を撮られたんですか? うわ、めっちゃ気になる! あ……いややわ会長、そんなに睨まんといてえな。ていうかなんで風音が良くてウチはダメなん?」
「凛子ちゃんは少し口が柔らか過ぎると言うか、あること無いことを、と言うか。ね?」
「副会長までそんなこと言わはるんですか!? ショックやわー」
凛子はこれでも空気を読む方だ。今も、しつこく追及する事はせず静かになってくれた。
そのタイミングで鳳子が本題を話し始める。
「それでね梓、この間回収したシャドーマンの欠片なんだけど……」
「……どうだった?」
鳳子は肩を竦めて見せる。
梓としても結果は予想していたのか「……そう、やっぱり」と呟きを漏らした。
「何か分かったんですか?」
あの日の事で、その後の成り行きを知らされていない風音は尋ねてみた。この事は会長と副会長、一部の教師と、分析を担当した者たちにしか今のところ伝わっていなかった。
「……石になった。何の変哲も無い、ただの石」
「石? あの影がですか?」
「どういう理屈かはさっぱり分からないそうよ。これまで“千影”の使っていたものでも、上二級以上の強さの影はみんな石に変わっているって話もあるわ」
“千影”の主な出現地域は日本国内、関東から関西にかけてとなっている。
その中で、“千影”が操ったと思われる上二級以上の力を持つ影は全てが石に変わっていた。
中には動かすのも困難な程の巨大さで、ただの石と判明してからはそこに放置されている場合もある。さすがに定期的な調査と監視はされているが。
「どう調べてもただの石ということしか分からないから、恐らく危険は無いだろうとの事だけど」
「……とりあえず、継続して調査はしてもらう」
「工藤くんも解析に立ち会ったんですよね。それでもただの石だと?」
工藤正臣は学生の身でありながら九良名市にいる退魔師の中でも特に天才と謳われる程の“治癒の顕”の使い手、そして鬼の研究で一角の成果を上げている研究者としても有名だ。
そんな工藤の言うことは、生徒会にとっては最も身近な信頼の置けるプロの意見だった。
「……念のため二度目の検査を依頼して、そこに工藤も立ち会わせたけど………これがただの石じゃなかったら退魔師の道を諦める、と言っていた」
「工藤くんがそこまで言うなら多分間違い無いのでしょうね」
「あいつヘタレやけど、そういうところは信用できるしな」
「「「…………」」」
何やら凛子の声音が上機嫌になったように感じる。これは経験上、何かを引っ掻き回そうとする前触れだ。
三人が不安とともにジト目を凛子に向けると案の定引っ掻き回すつもりのようで、にひひ、と不穏な笑いを溢していた。
「それはそれとしてな風音。妙に黒沼っちゅう転校生の事を気にしてるみたいやん。ひょっとして惚れたん? 惚れてまったんか? 風音ちゃんはギャルゲーで言うところのチョロインやからなぁ。仕方ないっちゃあ仕方ないかぁ」
凛子は横目でちらっと風音を見る。顔を赤らめてどつきに来る事を予想して構えていた。
凛子が女子をからかって赤面させて喜ぶのはいつもの事と言えばいつもの事。今回もお約束で終わるだろうと梓も鳳子も思っていたのだが………
「 ////// 」
「へ?」
「……なんと」
「あらあら」
顔が赤くなるところまではいつもの通り。だが今回は照れ隠しから繰り出されるパンチやキックが無い。
即時反論するだけの余裕も無いようであった。それを見た凛子は「え、マジなん?」と一言、内心でオロオロし始める。
「ち、違う! 違うから! 彼は顔も平均だし野心家だしおまけに皮肉屋だから私の好みではないと言うか……あ、でも、笑ってる顔はかわいいと言うか、野心家なのもただ悪ぶってるだけと言うか、皮肉の後にも必要とあらばフォローとかしてくれると言うか……それに強くて、細かな気配りもできて、真面目で、お弁当も自分で作ってて……そうだ! 聞いてよ! 昨日お昼に公浩くんのお弁当摘まませてもらったんだけど、唐揚げが美味しくて………ぁ」
三人は感心したような、とても生温かい表情で黙って頷いていた。
「うんうん、せやなせやな」
「……こんなことなら風紀委員会と戦争してでも奴を手元に置いておくべきだった。姉さんが形だけの書類審査に時間をかけたせい……あの行き遅れのアル中ブタが」
「あらあら」
凛子は全て分かってると言わんばかりに肩をポンポンと叩き、梓は「……いや、いっそ今からでもナイトレイドを仕掛けて契約書ごと拐うという手も」とか真剣に検討し始めた。
鳳子は余裕そうに見えたが「あらあら まあまあ うふふ」を延々と繰り返している。天ノ川鳳子は実の所、かなり恋愛には疎い。常の大人びた雰囲気は真実なれど、ちょっとした事情で恋愛だけは当てはまらないのだ。
「あ、あのね、みんな……私、ほんとにまだ、ね……そういうんじゃなくて……」
「アホッ! そんなこと言っとったら、またどっか行ってまうで。現にその転校生は風紀委員会に盗られてしもたわけやしな」
「うぐっ……」
「ええか? どんなに皮肉屋で野心家で顔が十人並みでも惚れる時は惚れてまうもんなんや。その気持ちから逃げてると………いつか後悔するで」
凛子の説教は何故か説得力に満ち溢れていた。風音もその言葉を真摯に受け止める。
精神的に優位に立った凛子を止めるのはもはや不可能だ。
調子に乗った凛子は、風音が単純にも納得したような表情を見せたので畳み掛ける。
「恋は時として神速を尊ぶもんや。自分の気持ちに納得したのなら、善は急げや。今夜、風紀委員会の遠征から転校生が帰ってきたら………いざ告白や!!」
ビシッと適当な方向に指を指して台詞を決めた。
これを客観的に見ている梓と鳳子には凛子の考えが手に取るように分かる。あ、これは楽しみだしたな……と。
「うん………うん、わかった! 私、やってみる!」
「その意気や! そうと決まれば早速スタンバイせな。風紀委員の寮で待ち伏せするでー!」
「うん!」
そうして二人は生徒会役員寮を飛び出してしまった。
風紀委員たちが帰って来るまで少なくとも5時間以上はあるはずだが、梓も鳳子も今さらつっこむ気にはならない。
「大丈夫かしら。もし断られでもしたら……」
「……風音くらいの器量良しから告白されて断る男子はいない。もし断ったら、黒沼公浩は不能野郎だと学園中に言いふらす………そう、例え胸が無くても私たちは戦えるって、風音が証明してくれるはず。私や風音の胸が凛子の5分の1ほどの厚さだとしても………だとしても………チッ、凛子のやつ、後でシメる」
凛子の預かり知らぬところで残酷な運命が決まるという理不尽がまかり通った瞬間だった。
「大丈夫かしら………色々と」
★
「へ? 帰って来ない?」
風紀委員と生徒会役員は鬼の討伐シフトが入った翌日は基本的に授業は免除される。
故にがっつり明け方近くまで時間をかけ、仕事をこなす事は当たり前。そんな夜勤明けで疲労を湛える風紀委員の中に目当ての人物は見つけられなかった。
「ちょい待ちい。風紀委員は原則として寮住まいやろ。それがなんでおらんねん」
その疑問を寮に帰還したばかりの風紀委員数名を捕まえて問いただす。
「それはそうですよ。三席殿が風紀委員入りしたのも今日からですし、荷物の運び込みなども全く済んでませんから。2、3日は今のアパートだそうです」
考えてみればもっともな話だ。凛子は額に手を置き「あちゃー、せやったー」と自らの迂闊さを嘆く。
「スマン風音、ウチの考えが及ばんかったわ」
「ええと………いや、私もいま冷静になった。危うくバカの口車に乗せられて恥をかくところだった」
「ん? バカってウチのことかいなあいたたた! スマンって! ちょっとおちょくっただけなんや! 耳は堪忍やー!」
風音は凛子の耳から乱暴に手を離すと風紀委員たちにお礼を言ってその場を立ち去ろうとした。しかし、風音が慌てて引き返し、風紀委員たちを引き留めるために声をかける。
「あ、あの! 公浩くん、どうだった? 初めての仕事で何か失敗とかしなかった?」
少し落ち着きを欠いた様子で風音は訊ね、そして風紀委員たちは互いに顔を見合せて苦笑を漏らす。
「失敗なんてとんでもない。むしろ彼との力の差を見せつけられて、少し参ってるくらいですよ」
風紀委員の話によると、今回の遠征で現れたのは二級の鬼が4体と、それを統率する一級の鬼が1体だったらしい。
「恥ずかしい話ですが、本来なら我々だけでは手に負えない事態でした。三席殿以外に10人もいたのに情けない限りです。ところが三席殿は目にも留まらぬ速さで人型一級の鬼と距離を詰めると、身体強化系の顕術だけで瞬く間に仕留めてしまったのです!」
興奮した様子で風紀委員は語る。
数体以上で群れをなす鬼には必ずブレインとなる存在がいる。人間ほど高度な戦略や戦術は使わないが、個体によっては厄介極まる戦闘になり得るのだ。公浩はそれを瞬殺したという。
「ですが残りの4体ですら我々だけでは手に終えない相手です。しかし三席殿は我々を援護しつつ、的確な指示を飛ばしてそれらを倒させてくれました。本当なら一人で戦った方が早かったはずなのに、我々に実戦の経験を積ませようとしたのでしょう。今回の遠征に出た風紀委員一同、成長できたという手応えを感じていますよ」
他の風紀委員たちからも口々に同意の言葉が聞こえる。風音の予想を遥かに超える高評価、べた褒め状態だ。
風音は自分の事のように嬉しくなった。最初に彼を見出だしたのは自分なのだと声を大にして自慢したいと思うほどに。
「最初はどんな方なのかと心配でしたが、人柄も良くて、おまけに強さも風紀委員会で随一です。斑鳩委員長は別として、松平次席でもあれだけの仕事は難しいと思っても良いでしょうね」
「ほえー……あんたらにそこまで言わせるか。その転校生、ウチも興味出てきたわ。いや、風音の反応を見た時点で少なからず気にはなっとったけど、より増した感じやな」
凛子にしては珍しく100パーセント本音の気配を感じる。
そして滅多に見られないキリッとした顔で「いや参考になったわ。引き留めてえろうスンマセンした」と言って風紀委員たちを寮へと帰した。
「風音、いつまでニヤニヤしてるつもりや? ウチらも帰って寝よ寝よ」
「だっ、誰もニヤついてなんかないわよ!」
「聞く限りやとその転校生、鶫と同じくらいは強そうやな」
凛子のいつになく真剣なトーンの声に風音も浮わついた気分を静める。
風音は凛子の言わんとしていることを読み取って一言「そうね」と肯定の意を返した。
「鶫は一対一なら会長の次ぐらいに強いからな。せやけど転校生はまだまだ底が知れへん。もし二人を会わせたら、ごっつい化学反応とか起きるんちゃうかな」
「会わせるまでが大変だと思う。それに今の鶫の状態で会わせても……」
「アホやな~、今やからええんやないか。鶫がその転校生の事を知ればきっとエエ刺激になるはずや。立ち直る切っ掛けになるかもしれへんで?」
それは願ってもないことだ。
風音自身、公浩に気合いを入れられた形で調子を取り戻した。ならば鶫にだって良い影響があってもおかしくはない。
「とは言え、まずはウチが会ってからやな。風音を嫁に貰えるだけの器かどうか見極めんと」
「ちょっ!? 嫁とか、そんなんじゃ――――!」
「ふあ~~~ぁ。ウチらも今日の授業は免除やし、昼まで寝たおすでー」
風音はほんのり頬を赤く染めながら膨れっ面で役員寮まで戻った。




